第37話 再会、レパル

 スコルの将軍のひとり、ウィリウィリと意気投合したストーンは、いつかまた故国で会おうと約束を交わし別れた。

 ウィリウィリは憂さも晴れて、やる気を取り戻すとスコルへの帰途についたらしい。


「リオニアに来たのだから、蟹料理のひとつでも食べないと腹の虫も治まらないさ」

 重大な任務から解放された安堵感も手伝ってリオニアの城下町を歩きまわるストーン。とおくに見えるのがリオニア王国の城。黄金の獅子の城と讃えられているリオニア王国の王城だ。

巨大な城塞がそびえていた。城はふつうに灰色の石造りで別に黄金の色彩をしていたわけではない。貿易が盛んなこの都で金銀が飛び交うほど繁盛をしていたというたとえである。


 城下には蒼い海が広がる港町。ストーンもスコル沿岸で育ったので、港町はとても慣れた場所であった。リオニアの港はスコルのそれよりもはるかに大規模であり田舎臭さもなく洗練された雰囲気ではあったのだが。美しい海の色、潮の香に変わるところはなく、ストーンの心を癒すのに不足はなかった。


 蟹料理はリオニアの名物なのだ。漁港で上がったものがいろいろな方法で手早く調理されたものが露店で売られていた。いちばん、普及していた食べ方は、甲羅に覆われたまま素早く強烈な火をくぐらせて焼き、その頑強な殻を鈍器で叩き割ったところから中身を取り出しながら食べる、いわゆる焼き蟹とよばれる料理であった。


 たいそう香ばしい香りと新鮮な旨味が絶妙だ。そして、ストーンのように酒を嗜む者たちは食べ終わったこの甲羅を短刀で簡単に加工してそれを器にして酒を呑んだ。こうした呑み方を蟹酒といった。


 ストーンが酒場でくつろいでいると、仕事の依頼が舞い込んで来た。


「ストーン兄ちゃんじゃないか。いつ、リオニアに来ていたんだい?」

潮風に痛んだ黒髪に浅黒い肌の若い男が近寄ってきた。

背はストーンよりもやや低い、痩せているというよりはしなやかに引き締まった体躯をしていて、まるで動物のヒョウを連想させた。

威圧的な鋭い目つきと、隙のない動作がさらにそう思わせるのかもしれない。

男の名は、レパル。ストーンの同郷、つまり、スコル沿岸の出身であった。

そして、いわゆる幼馴染みだ。


 再会したのは、まだ最近のことだ。山賊退治をしているつもりでいると、その首領が、なんとレパルだったという劇的な再会だった。

 レパルは、少年時代からの悪がきであったが、今では、この大陸にも名の知れた山賊集団『風のハイエナ』を率いている。

情報管理と商才に長けたこの男は、最近では粗野な盗みよりも、その情報網を活かしてのビジネスを手がけていた。

 経営手腕が功を成したのであろうか、その首や手首には王侯貴族が身につけているものと同等の高貴な宝飾品が煌いていた。


「あのハナタレこぞうとは思えんな。景気が良さそうじゃないか。なにか儲け話でもくれるのか」


「とっておきのを渡すよ。ただし、危険度もとっておきだけどな……」


「いいだろう。でないと、おもしろくない」


「でもさ。ストーンの兄貴、今は金には不足してなさそうだね」


「なぜ、わかる?」


「わかるさ。その布袋、金貨の匂いがぷんぷんしてりゃ~。しかも、その辺の硬貨じゃない。庶民では見たこともないような額の貨幣さ。なんか大きな仕事をしたんだろ」


「そいつは守秘義務だ。これでもちゃんとした傭兵ギルドの所属だからな」


「察しはついてるけどね。最近、大きな荷物、いや特大の荷物をこの国に持ち込んだ運び屋の情報がウチにも入っている。あれをやったのがストーン兄ちゃんなのか」


「赤い荷物のことか?」

赤はスコル大公国をあらわす色だ。戦争時に旗や鎧兜に塗って軍の識別のために使われる。青色はオリオウネ帝国、黄色はリオニア王国である。


「……らしいね」

口に出すべきではないと心得ているのだろうが、アンタレス大公がリオニアへ亡命したことを、レパルは勘づいているようだ。


「ところで、俺にくれるのは、どんな仕事だ?」


 依頼内容は、森の怪しい屋敷へと連れ去られた娘の救出で、そこには魔道を使う者が魔物たちを引き連れて住んでいるといわれている。二度に渡って冒険者たちを派遣したが戻って来ない。

 報酬は二百枚という大金だった。


「ちと値が付き過ぎないか? 王侯貴族の護衛でも金貨五枚から十枚くらいだ。何かのいわくありか?」


「そのお嬢が、わけありでさ。とある貴族に嫁ぐ予定の娘っ子で、しかも花嫁修業のかわりに、ジャッカル教徒の司祭をしていたんだけど。誘拐されたことを極秘裏に解決したいらしくて」


「奪回にこんな大金を払うのなら、身代金として払えば済むんじゃないのか」


「そうでもない」


「犯人は金目当てではなく、その娘っ子を気に入ってさらったらしい」


「ふーん。美女?」


「あたり。めちゃめちゃ綺麗で可愛いらしい、女神さまと間違えるくらいだってさ」


「じゃ、お前が自分で、なぜ行かない? 幼い頃から可愛い女の子が大好きだったじゃないか。ピティちゃんにも、よく懐いてお菓子をもらっていたよな」


「俺たちは誘拐をするほうの立場が専門で、救い出すほうはやったことがない!」


「おいっ!」


「それと……相手がちと手強すぎて。美女をナンパするために命を落すのはまっぴらというか」


「命がけの恋愛も悪くはないだろ?」


「相手があの男だと、命がけというよりは死にいくようなものだ。その男の名は、ラウザナというのだけれど。今は、はぐれ魔道師だが、もともと『闇の剣』教会デュンケルシュヴェールツの数本指に数えられた大物だ」


 魔導師の住処が、ちょうどスコルへの帰路に近かったので請負うことにした。

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