第36話 ウィリウィリ

 ストーンたちは無事にリオニア王国へ到着した。


「ここでいいぞ」


「そうか。おっさん」

ストーンは潔く答えた。

このおっさんが何者かなど詮索しないほうがいいだろう。一国の君主の亡命に手を貸したなどということには、関わったところでろくなことはない。


「世話になったな、こぞう。こいつは賞与ボーナスだ、持っておくとよい。

この石でも獅子の長城は壊せなさそうだが。何かの役に立つ」

おっさんは、小さな石の欠片かけらをひとつ手渡した。


 爆竜石ドラゴマイト。騎竜剣とおなじく前時代につくられた超兵器のひとつ。戦略兵器ともいえた。この石ころひとつが小さな砦くらいなら吹き飛ばしてしまうという。おっさんの背負っていた袋の中にはそれより大きいかたまりがごろごろと入っていたのだから、戦争で使えばスコルのような小さな国でも大国と戦えるだろう。


「最後まで、こぞうはないだろ。俺にはストーンって名があるんだ」


「そうだな、ストーン! よくここまで連れてきてくれた」

おっさんは感謝をこめて言った。


「じゃあな、おっさん!」

ストーンは手を振りながら別れを告げた。


「貴様こそ、おっさんはないだろ。わしは……」


「おっと、で、いいんじゃないか。頑張ってくれよな、祖国のために」

そう言うときびすを返して長城とは逆の方向へ歩き出した。


「貴様こそ無茶ばかりするんじゃないぞ、ストーン!」

おっさんは、長城のいくつもある門のひとつに向かって歩いて行った。門の周りにはリオニアの衛兵たちが固めている。長城の高い壁の上は通路になっていて、一定の間隔を保ちながら弩弓兵たちが立っていた。

おっさんがその身分を明かせば、難なくこの壁の向こう側へと入れてもらえるだろうから心配はなさそうだ。


 それでも気になってストーンは振り返った。おっさんが衛兵たちと話しているのがみえた。この長城の防衛の要は長くて高い壁の上の弩弓兵たちだけではなさそうだ。

 もっと恐ろしいものが目に入った。数は多くないだろうが、壁の一部に低い塔のようなものがあった。

砲台だ、火薬か魔導か、その仕組みはわからないが巨大な大砲が備え付けられている。『獅子の牙』とよばれる最強の攻撃力を誇る兵器であった。

 獅子の長城は、まさに最強の防御力と最強の攻撃力を持ち合わせていた。言わば、最強の鉾と盾を併せ持つのだ。


 門の向こうへ姿が見えなくなるまで見送るストーン。

( あの男が……スコル大公アンタレスか。まだ、スコルは滅んじゃいない。皆があきらめない限りは。がんばれよ、おっさん! )




 レイオス大帝を討ち取ったことで戦勝気分に酔っていたスコル軍は、あまりにも早いオリオウネ帝国の反撃作戦に泡をくらい状況は完全な不意打ちとなった。


 守りの要衝シャウラ城塞を失い、最後の盾となるギルタブの街も占拠される。切り札・ラグナロクの投入で一進一退の攻防はあったものの、戦況を覆すまでには至らず。

 竜皇歴三〇七七年一月。スコル大公国の都、スカーレットブルクは陥落、その乱戦の中、アンタレス大公は生死不明のまま行方不明となっていた。


 二月中旬、半島北部を拠点として覇を唱えるリオニア王国の介入により正式に停戦となり、平和主義を唱える大物政治家ロンディルを首相としてが樹立された。


 ロンディルというこの男、スコル沿岸の出身で商人であった。

 港町ファングの前領主モンテカルロ(※モンスーンの父)を罠にはめて追い落とすと自らが実権を握り、漁業組合を足掛かりにして金を集め富と力を蓄え、スコルの国の経済を担う重要な立場にまで上りつめた。

 その口から唱えられる平和主義は、自分自身の悪事を覆い隠すための方便ではないかという噂が絶えない。

 そのような人物がこの重要な局面でスコル救国の立役者と成り得たのは、リオニア王国が裏で糸を引いているからであった。

 漁業組合において重要な地位を手に入れたロンディルは貿易を隠れ蓑かくれみのにしてリオニアと組んで私腹を肥やす。リオニアもまた、その人物を通じてスコルの情勢の懐へと忍び込みつつあった。リオニア王国にとっては、スコルの国を後ろから支配するための都合のよい操り人形マリオネットであった。



 スコルの長となったロンディルは、同年三月、リオニア王国、ギルガンド王国と『三国同盟』を結んだ。この同盟こそ、リオニアが画策したオリオウネ帝国への包囲網であり、リオニアがこの半島を自らの手中に収めるための重要な戦略であった。

 北の大国リオニア王国と南の大国オリオウネ帝国、この半島の覇権を狙う二大国家。その激突はもはや避けられないであろう。



――――― リオニア王国 城下町


 団子だんごをくわえた屈強そうな男が道端に横たわっていた。

日焼けした黒い肌、鍛え上げられた筋肉、背もやや高く人間であるが、鬼のような形相がどことなく鬼賊オークのような魔物じみた雰囲気を漂わせていた。

「ぺっ!!」串を吐き出す。どうやら喧嘩をはじめるらしい。

「スコルの国なんて、もう終わってるな。ジ・エンドってやつだ」


「もう一度、言ってみろ!」

ストーンは団子だんごを食べていた男をにらみつけて怒っていた。


「何度でも言ってやる。スコルなんて、カスだ、もうおしまいだってな!」


 ドスッ……。その男が言い終わるかどうかわからないうちに、彼のみぞおちにストーンの拳が突き刺さった。


「やるなっ。この野郎……俺を、と異名をとる元スコル軍の将軍・ウィリウィリ様だと知ってもやるかい?」


「へっ。上等じゃないか。てめぇ、もう団子だんごは買わなくっていいぜ。そのツラ団子だんごにしてやるよ!」ストーンは不敵に笑った。

ストーンの強烈な左フックがウィリウィリのあごをとらえ、続きざまに右ストレートが顔面を弾き飛ばした。

ウィリウィリの大柄な体が一瞬、宙に浮いたかと思うと、大きいな音を立てて地面に落下した。


「ふざけやがって……」なんとか立ち上がったウィリウィリ、背中に吊るしてあったハンマーを引き抜いた。モーニングスターフレイルとよばれる打撃用の武器で、柄から伸びた鎖に、いくつもの棘のような突起のある星型をした鉄球が付いてる。ウィリウィリのこの武器は通常のモーニングスターフレイルよりも鎖の部分がものすごく長い。鞭のような長さだ。


「いいだろう」ストーンも腰にあった剣を構えた、ショートソードだ。背中に吊るした騎竜剣は抜かない。


 喧嘩を面白がって眺めていた周囲の野次馬たちは、本気の決闘がはじまると慌てて散っていった。


「野郎! このウィリウィリ様に歯向かったこと後悔させてやる!」

勢いよく鉄球が飛んでくる。命中しなかった鉄球はすぐに戻っていった。

リズムのない不規則さで動きが読めない。その上、繰り返す波のように絶え間がない。飛んできては戻っていく鉄球。スピードは速くはないが、豪快な破壊力を秘めているようだ。

 急な一撃が来た。瞬時に横飛びでけたストーン。

ウィリウィリのハンマーは、ストーンの肩をわずかにかすった。血しぶきがとぶ。

 鉄球はそのままストーンが居た場所の地面に激突する。石畳みの道路が砕け散った。

「なんという破壊力だ。くらったら骨まで砕かれるだろうな。フライングハンマーの名前は、伊達だてじゃなさそうだ」


「観念するんだな!! 野郎!!」


「お前が投げハンマーの達人であることは認める。だが、俺だって海龍の名を継ぐ剣士なんだ! 海竜剣奥義、旋風斬りかまいたち!」

 ストーンは、奥義のひとつを使った。

その剣が見えないくらいの速さで、ウィリウィリに襲い掛かる。一撃ではなく、一瞬に複数の斬撃を繰り出していた。

ウィリウィリは、鎖の部分で受け止めようとした。

 

 しかし、ストーンの狙った箇所は鎖のそれぞれのつなぎ目だった。受け止めたはずの鎖がばらばらにはずれると、さらに回転を加えたストーンの剣は、ウィリウィリの胴体を斬り裂いた。

 いや、切り裂いたようにみえたが、斬ったのは上衣だけだ。ウィリウィリの体には傷はなかった。

「次からは容赦をしない。鋼鉄の鎧でも着てから喧嘩を売りな!」


「みごとだ、この野郎。参ったぞ!」


「野郎はよせ。俺の名は、ストーンという」


「ストーンというのか。烈風みたいな奴だな、てめえは」


「いや、ウィリウィリ。おまえのほうこそ、さすがにスコルの将だ。それほどの腕を持ちながら、なぜ、こんなところで、油を売ってやがる?」


「ふん、気にいらねえんだよ。なにもかも」


「何もかもじゃないだろ? おまえが気に入らないのは、負けたまま黙りこくっている故国のことだろ?」


「ストーンとか言ったな。 なぜ、わかる?」


「俺もさ……」


 意気投合した屈強な戦士ふたりは、酒でも呑もうということになった。

 アンタレスから大金をもらった今のストーンなら、もっと高級なところにも簡単に行ける懐具合だったが、普段に行くような安酒場で飲むことにした。このほうが落ち着くのだった。


 ウィリウィリの身の上話を聞かされる羽目になったストーン。このスコルの将軍は元々はスコルの地で畑を耕していた農民だったという。領地を視察していたアンタレス大公に才覚を見出されて軍に入る。剣を習ったのはなんと軍人になってからで、子供のころから慣れ親しんだ道具、モーニングスターの扱いを得意としていた。

 この武器は、スコル地方ではモルゲンステルンと呼ばれていて農具から発展した武具であった。ウィリウィリの腕力を育てたのは、スコルの大地の穀物たちであった。

 ウィリウィリの故国というのは、国家ではない。スコルという風土なのかもしれない。


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