第35話 山賊たちの脅威

 迷いの魔街道は、世に言う程の迷路ではなかった。

木々に覆われ道は険しくはあったが、むしろ、道に迷って出て来られなくなるというよりは、そこに生息する魔物や獣のせいであろう。ある意味では地獄へとつながる迷路かもしれない。


 実際、彼ら二人もミノタウロスだけで、五、六頭も倒した。ほかにも、コブリンに、オーク、ヒポグリフにも出会った。キャリオンクローラー、バグベア、コボルド、ノル。

ストーンいわく、「この森はモンスターの博覧会だ」と。「怪物など出ぬ。ワイバーンやヒポグリフなどすでに絶滅した。オークやゴボルド、ノールも今や絶滅危惧種などと世間では言われていたが」


「ああ、ほんと驚かされたよ。でも、俺はもっと次々と怪物たちが現れて、パッサバッサと斬り伏せていく。それでもいいぜ」



「一昔前までは、そういう時代ではあった。むっ、人影だ。山賊か……取り囲まれたようだ」

おっさんが言った。


「森に住む怪物たちよりはよかったんじゃないのか」


「そうでもないぞ。人間が一番怖いんだ」


「そうかもしれん。このあたりを根城にしている連中なら、おそらく『風のハイエナ』の一味だろう」


「聞いたことはある、街道沿いにも出没して世間を騒がした追剥おいはぎたちだ。街道警備組合ハイウェイパトロールとの抗争のあと、この森を根拠地にしていると聞く」


 『風のハイエナ』は戦災孤児の子供や不良の若者たちの一団がその発祥だといわれていた。数年前に現れた新しいボスが知恵者でまたたく間に勢力を拡大するとただの犯罪グループから一大組織となり、武装を強化していったその集団は国家の騎士団に相当する戦力を持つに至ったという。


 中央街道に出没しては襲撃を繰り返し、国家間の交易にも支障をきたすようになると、リオニア王国をはじめとする各国家間の協力をもって『街道警備組合ハイウェイパトロール』が結成された。

街道警備組合ハイウェイパトロール』はどの国にも属さない独立した組織である。


 矢が飛んできた。おっさんの頭のすぐ横を通り抜けて近くの木に深々と刺さった。

「うおっ、危なかった」


「ちっ、わざと外して撃ったな。こいつは脅しだろう」

ストーンほどの反射神経をもってしても飛んできた矢を叩き落せなかった。

いったいどんな敵が射かけてきているのだろう。

「そうか……近くに潜んでいる。弓矢の腕より、潜むことにけたやつらか」

投げナイフをすっと抜いたストーンは脱兎のような勢いで少し向こうの草叢くさむらに飛び込んだ。

姿をくらましていた山賊の男が喉元を切り裂かれて倒れた。


 それが合図になったかのように岩の影や木の上と次々と姿をあらわす山賊たち。


「どのくらいの数がいるんだ」

相手は追跡など御手の物おてのものの盗賊たちだ、ストーンひとりでもこの森から抜け出すことは難しい。ましてや依頼人を無事に連れて行かねばならないとなると、逃げるという選択肢はなく、戦うしかなかった。


「噂だと百や二百ではないか。過去に五十人からなる街道警備組合ハイウェイパトロールギルドの部隊を包囲して殲滅せんめつしたという記録がある。風のハイエナたちは、三倍の兵力だったと聞く」


「百五十人の山賊たちか。ひとりで八十人を相手だな、出来ない数じゃない。やるか」

ストーンは覚悟を決めた。


「むっ、わしもこの歳じゃ。十人ほど斬ったら息も切れるぞ、勘弁してくれ」


 山賊たちの容赦のない攻撃が始まった。


うなれ、ドラグーン!!」

ストーンは騎竜剣を振るった。切っ先から放たれた旋風が渦を巻いて、目の前に近づいた山賊たちを次々と切り裂いていった。


「おそろしい剣じゃな。おおっ、その調子で全部やっちまえ!!」

おっさんが歓喜する。


 だが、この技を繰り返すわけにはいかない。騎竜剣を使うとストーン自身と剣の中に封印されている竜の双方のエネルギーを大きく消耗するのである。

 そして、その剣が力の源にしているものは中にいる竜の命だけではない、斬った者の魂である。強い魂を吸収して力に変えている。


 次々と湧いて出てくる賊たちを倒しても、剣はそのような下等な魂は吸わない。

逆に言えば、騎竜剣にとっては面白くもない雑用で使われているので、働いてくれないのだ。

( こんな雑魚ザコ相手にわたしを使わないで……ってところか、ピティ。竜の女王だか何だか知らんが、窮地なのに、お高くとまるのはやめてくれ。雑魚は雑魚でもこれだけの数だと命取りなんだ。きまぐれが過ぎるぞ、餌を選ぶなって。だいたい魔剣ってやつは、友人や恋人たちの魂ばかり吸いたがるって、相場でも決まっているのか )


 騎竜剣を振るっても、剣が周りの空気を揺さぶる程度で、強い風は発生しなくなった。


「ドラグーン、起動……。ちっ、起動しない? いよいよ、ねたか」


 その真価を発揮できなくとも、もちろんふつうの剣よりは丈夫で刃こぼれもしなければ、切れ味も鋭い。名刀といえば、十分な名刀ではある。魔力を帯びた武器なので、ガーゴイルやアンデットなどにも効果はある。しかし、とうてい伝説の超兵器といわれるほどとは思えない。



「うぉっ!」おっさんが叫んだ。

 

ストーンが振り向くと、おっさんの首元にナイフを突きつけた山賊が立っていた。「こいつがどうなってもいいのか、剣を捨てろ」


「脅しではない。俺は、風のハイエナの首領・レパルだ」

小柄で俊敏そうな豹のような印象をした漆黒の衣装に身を包んだ青年。


「……。えっ、おまえ?」

ストーンは驚いている。


「……なんだ?」

山賊の首領も驚いた。


「レ、レパルじゃないか~!」

懐かしそうな叫ぶストーン。


「……??」


「レパル! おいっ、俺だ。ストーンだ!」


「すっ、ストーンだって? えっ、まさか、ストーンにいちゃん」

レパルも気付いたようだ。幼い頃、港町で暮らしていた時に、実の兄弟のように仲良しだった近所のにいちゃんとの再会だ。


「……」

山賊たちもどうしていいのか、わからず固まっている。


「レパル、おまえ、なにやってんだ。山賊の頭になんかなりやがって!」


「ストーン兄ちゃんだって。なんだか、物騒な傭兵になっているじゃないか。

大きくなったら、いっしょに仕事をしようとか言っていたのに、どこかに行っちまって。俺っち、どれだけ心配したと思うんだ、この野郎」


「すまない、レパル。よく生きていてくれた。スコルはずっと戦争していたからな。抜け目のないレパルなら、きっと生き抜いているとは信じていたが……、ほんとによく生きていてくれた!」


 ストーンとレパルは武器を置いてしっかりと抱き合った。今までの経緯をかんたんに語り合い、すぐに打ち解けた。


「じゃあ、俺たちが送っていくよ。怪物たちが出たら危ないからな」

レパルはリオニアまで護衛することを申しでた。


「いいって、お前たちがいちばん危ない。それに隠密の旅なんだ、じゃあな。また会おう、今度はうまい酒でもおごるぜ」


 波乱に満ちた彼らの行程も、ようやくリオニアに辿り着いたことによって終わりを迎える。

「ふーん、これが名高い『獅子の長城』ってやつか」

ストーンは感嘆した。

 彼らの目前に広大で頑丈そうな城壁がまるで果てがないかのように続いていた。この世界では、街の外周を壁で取り囲むことは、ごく一般的な造りだったがここまでの規模のものは類を見ない。

 この長城は元来、古代帝国とよばれたサンアラウンドプレイス帝国が、さらに北に広がる大陸の覇者アストリア帝国に対しての防波堤として築いたものの一部だった。


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