第34話 裏街道
古代帝国の騎士として叙任されたとはいえ、ストーンはプロの傭兵でもある、依頼主との契約は明確にする必要があった。
「依頼内容は、おっさんをここからリオニア王国へ行く道中の護衛ということでよいか。報酬は金貨で十枚、前払いだ」
「ああ、リオニアの国境を越えさえすればよいが、できれば獅子の長城の前まで来てくれ。金貨の件は、この袋の中身を全部やるが換金は自分でせよ」
「土砂でも入っているのか、この袋って?」ストーンは渡された小袋の紐を
「砂金なのか。しかも精選されている。これほどの砂金をもらっていいのか」
スコル大公国の北部にはライン山地が聳えていて金鉱山もあった。そこから流れてくる河川の中州あたりや河口の港町ファングでも砂金が採れると聞くが、むしろ精選するのがたいへんなのだ。これほどまでの砂金を差し出してくるとは、このおっさん、王侯貴族であるとみて間違いなさそうである。
「もし、無事に任務を果たせたら貴様のものだ。自由に使えばいい」
「じゃあ、早速出かけるか」
「いや、待て。飲まず食わずのままだ。机の上にある酒瓶はまだ入っているのか」
「昨晩、一口飲んだだけだ。まだ十分入っているが、空腹なら水と保存食のほうがいいんじゃないのか」
「そんな味気ない物を喰えるか。とっとと酒を寄こせ!」
「ああ、わかった。気付けくらいにしておいてくれ、夜が明けるまでに出発したほうがいい」
ストーンは酒瓶と干肉の欠片を差し出した。
大男は美味しそうに酒で喉を鳴らし、干肉をかじった。
「すまんな、一杯やったら出よう」
「おっさん、ルートだが街道を行くか?」
「無理だな。オリオウネ軍の関所が出来ている、捕まりに行くようなものじゃ」
「リオニアへいちばん早くて楽な行き方は海路だ。ここの一階の倉庫から運搬用の小船を出せる、それで水路を通って海に出よう。そこで漁師の船を借りれば、リオニアには四日もかからないが」
下宿の一階は古道具屋である。そこの倉庫には荷役を運ぶ小舟があった。港が近いこの辺りには運搬用の水路が張り巡らされていた。古物商の通行手形もある。おっさんを荷役の中に隠し、商人の振りをし抜けられるかもしれない。ストーンは、その案を告げた。
「妙案だが無理だな。ここへ来る途中、沿岸にオリオウネ側の船を見た。すでに、スコル港は封鎖されているだろう」
「おっさん、いったいどれくらいの賞金首なんだ? この仕事を引き受けるより、突き出したほうが儲かりそうだぜ」
「馬鹿をいうな。この売国奴!」
「へん、一介の傭兵に国のためなんて義理はないさ。だがな、俺は一度、引き受けた依頼は必ず果たす」
「ほう、誰かの受け売りじゃないのか」
「さあな。昔、俺に仕事を教えてくれた傭兵部隊の隊長さんが、そういう男だったよ。今は俺の流儀として言っているだけだ」
ストーンの心の名にルカニオスの雄姿が浮かぶ。彼は一度引き受けた任務は、どれだけ途中で不利になろうがどれだけ困難に陥ろうがなんとしても、必ず成し遂げる。そういう男だ。ともに戦い抜いたラグナロクの仲間たちも皆、そうだった。
「ほう、大した隊長だな。俺も一人だけそういう傭兵隊長を知っている。信じるぞ、こぞう」
「まかせなって。で、ルートは……」
「ほかにあるのか?」
「危険度は高いけどな。裏街道を抜けようと思う」
「なんだと……別名、迷いの魔街道だぞ。ひとたび足を踏み入れようものなら二度と戻ってくることは叶わないといわれる迷路のようなところらしい。正気か?」
「ああ、そこならオリオウネの兵は一人もいやしない。大丈夫だ、前にも通ったことはある。もっとも、その時は、手慣れた冒険家たちが何人も一緒だったけどな」
ストーンらは裏街道を北上し、迷いの魔街道として恐れられている森林地帯を通り抜けて行く。
スコル大公国からリオニア王国へ行くには確かに最短距離であるが、もし迷ったら、それは最も遠い道のりになってしまう。ここを突破しようとする者はまずいない。
その点、追手の来る心配は皆無に等しい。薄暗い木々の合間をランタンの明かりをたよりに通り抜ける。
「この森林地帯には、魔物がでるらしいな。信じるか?」
おっさんがたずねた。
「あっ、ミノタウロスの噂か」ストーンがこたえる。
「ミノタウロス?」
「おっさん、知らないのか。おっさんも体格がいいから、二メートルくらいはあるかと思うが。そんなものじゃない。背丈が三メートルも四メートルもある巨人で頭が雄牛という怪物だ。もとは異世界の神話に語られる化物だが、それをヒントに魔道師どもが創り出しては迷宮の番人にしていると聞く。言ってみれば、ただの
ストーンは得意げに説明する。
「ストーンよ。で、そのミノタウロスってやつは、あんな奴か?」と前方を指さすおっさん。
「おう、それそれ。えっ、で、でた~?!」
息をのむ二人。
おっさんが先手必勝とばかりに弓矢を射掛ける。
ストーンが突っ込んで行き、一太刀をあびせる。
ミノタウロスはグレートアックスと呼ばれる大ぶりの斧を振り回して反撃してくる。
おっさんの大剣が魔物の頭部を激しく叩き付ける。ミノタウロスも血飛沫をまいて膝から崩れ落ちた。
しかし、なおも怪物は立ちあがってきては、その鋭い角を突き立てようと突進してくる。
「逃げろ、ストーン」
おっさんは叫んだ。怪物が振るう巨大な斧を剣で受け止めるが、その勢いで地面に叩き付けられるおっさん。鋼で造られている直刀がグニャリと歪んでいる。
「なんて、馬鹿力だ。よくもロドルフ様(※オリオウネの先王)に賜ったこの剣を」
唸るおっさん。
「この牛野郎、もう許さんぞ!」
おっさんが後ろに回り込んでミノタウロスの背をまがった大剣で斬り付ける。もう刀としての機能は無い、力任せに打ちつける鋼鉄の棒だ。「くらえ、化け物!」
どろりとした血が怪物の背中をつたうが、致命傷にはまだ遠い。
ストーンは得意の投げナイフを数本、勢いよく放つ。そのうちの二本がミノタウロスの両目をつぶす。視界を失って手当たり次第に暴れまわるミノタウロス。
怪物はさらに狂暴さを増したようだ。
「こぞう、よく、見ておれ。こんなところで使いたくはなかったが」おっさんは吹き矢を放った。針は怪物の傷口に刺さる。一瞬にして魔物の巨体は動かなくなった。
「なっ、なにを」
ストーンも驚愕する。
「これか?まだ、試験段階なのだが、
おっさんは石ころのようなものを握って不敵に笑った。
「おっさん。その石ころみたいなものは?」
「
「ああ、竜の住む火山の底から採れる岩石のことだろう。知っているよ。石ころ一つで、村が簡単に火の海になるんだよな」
「うわさだ。実際は、魔道によって作られた兵器なのだが。魔導師たちが力を持っていた時代の産物だ。あのミノタウロスのようにな。もっとも、村が火の海というよりは、
「おい。まさか、戦争でもする気かよ?」
「さあな。こぞうに関係ない」
「こいつは、くれてやることはできないが、かわりにこれをやろう」
「これは、先の吹き矢に使った奴かい?」
「そうさな。毒針じゃ」
「毒針だって」
「こぞうも、毒物にはちと知識があるようじゃから、使いこなせるとは思うが、こいつの毒は半端じゃないからな。これは、わしが長年の研究で調合した
「ああ、大柄で屈強なミノタウロスが一撃で瀕死とは、おそろしいな」
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