第19話 リオニア傭兵騎士団

 気性の荒い馬にくらをつけるのは大変だったが、厩舎きゅうしゃは焼け落ちていて、生き残っていたのはこの一頭だけだった。


「よっと、なんとか乗れそうだな」

馬という動物はけっこう大きく、人間の身長ではそれにまたがることも難しい、ストーンも乗ったというよりはよじ登ったのだ。

手綱たづなを動かすと馬は勢いよく走り出したので、落っこちそうになって驚いた。

「いやあ、勢いつけすぎたかな」手綱たづなを慎重にあやつりながら山道を下った。

ストーンは剣帯に騎竜剣ドラグーンを吊るしていたけれど、ほんとうなら剣ではなくピティを一緒に乗せて馬を走らせたかった。


 この国の君主・アンタレス大公はうわさどおり有能なのだろう。スコル軍の反撃が効いたのか、この界隈にギルガンド兵たちの姿はもう見かけない。この調子なら、すぐに港までたどりつけそうだ。


 小高くなっている峠を下る際に港の方をながめてみると大型の帆船が三隻くらい見えていた。おそらくその船のいずれかがリオニアの軍艦だろう。


(ピティちゃんを無事に港へ送って、レントゥという騎士団長に預けるというのがドラッケン先生に命じられたことなのだが、ピティがこんなことになっちまって、この剣を届けることがピティを送り届けるということになるのかはよくわからない。

レントゥという人は、このことを理解できる人なのだろうか。

このまま馬を進めれば、昼前には港に行ける。今日の夜には、もうなにもかも完了しているだろうから、そうだな、町にでも行って、なにか好きなものでも思う存分食べるのがよいか。疲れたな、思いきり休んで、好きなだけ眠ろうか)


 しかし、とても浮かれた気分になれそうにはない。

もうピティはいない。


(そうだ、いつも頑張ってこられたのは、ピティちゃんの存在があったからではなかったか。もちろん、それだけではないけれど、どれだけ励まされたり、どれだけ幸せな気持ちになれたことだろうか。このまま、この剣……ピティを渡すのは嫌だ)



しばらく行くと港の方から馬に乗った騎士たちが数騎、足早に近づいてきた。


「あんたらがリオニアの騎士さん? ドラッケン師匠の弟子、ストーンといいます」


「ご苦労だったな、少年。連れてくるはずの少女はどうした?」


「ピティは……もういません、戦いに巻き込まれて。持ってきたのは、この剣だけです」


 騎士の一人が声を掛けて近寄ってきた。

「では、その剣をこちらに渡してもらおう」


「……」

ストーンは沈黙したまま騎竜剣ドラグーンながめたが、当然のように剣は無言だった。


「聞こえないのか、さっさと渡すのだ」

騎士は声を荒げた。


「嫌だ」


「はあ?なんと言った?」

騎士は手のひらを自分の耳の後ろにあてた。


「嫌だと言ったのだ、聞こえないのか!」

ストーンは怒鳴どなった。


すると騎士たちは一斉に剣を抜き放ってストーンたちに向けた。


「三人が相手か」

ストーンも剣を構えた。


「我らと戦うというのか?」

脅しで抜いただけの騎士たちも剣を構えなおした。本気でストーンを斬るつもりだ。


「待て!」

船のある方角から声が掛かった。

漆黒の馬にまたがり、自身も黒衣をまとった青年将校が近寄ってくる。

「レントゥ騎士団長!」

振り返った騎士たちが氷のように固まったかのように動きを止めた。


「剣をおさめよ」

部下たちに命じたレントゥ。

三人の騎士は全員すぐに剣帯に吊るしたさやにもどして敬礼をした。



レントゥはストーンのほうを見た。

「私はリオニア傭兵騎士団の長、レントゥだ。君も剣をおさめてくれないか」


「出来るか!」

ストーンは納刀のうとうしない。


「ならば、しかたあるまい!」

レントゥは目にもとまらぬ速さで長刀を抜くとストーンの持つ剣を叩き落そうとした。

ストーンはその攻撃線をわずかにかわしながら前に出て、逆にレントゥの上腕を剣の峰で叩いた。はずみでレントゥの刀が空中を舞う。


「これは返すぜ」

ストーンは空中を飛び跳ねた長刀を素手でつかむとレントゥに返した。


(これは、ただのカウンターではない。攻防一体のこの技は何だ?)

レントゥはおもわずうなった。

「旋風のような早わざだな、君を見くびっていたようだ。名前を教えてくれないか」


「俺は……、ストーンだ」


「ストーン君か……覚えておこう。君と斬り合うことがあれば、この私でさえも死ぬ気でかからねばならんな」


「別に斬り合うつもりなんてねえよ。ひとつだけ頼みをきいてもらえないか、レントゥ騎士団長」


「話にもよるが。金でもほしいのか、それとも地位か。もしよければ、わが騎士団の一員にならないか、私が推薦状を書かせてもらうよ」


「そいつはありがたいけどよ、

でも、俺のほしいものは金でも地位でもない」


「なんだ?」


「少しだけ時間をもらえないだろうか。少し、この剣といっしょに寄りたいところがあるんだ」


「剣と一緒だと? まあ、よかろう。ただし、必ず戻ってくれ。船の出航時間は明朝すぐだ」


「そんなにかからないさ。こいつといっしょに挨拶に寄っておきたいところがあるんだよ。ありがとうございます、レントゥ騎士団長」

ストーンは、勢いよく手綱たづなを入れと、馬がいななき、頭を風のすみかへ向けた。



 リオニアの騎士たちがあとを追おうとする。


「よせ。追う必要はない」

レントゥが部下たちを引き留めた。

「行かせてやってくれ。ここまで来るのに並大抵のことではなかったはずだ。そもそも、ここへ来ないでという選択肢もあったはずだ。船の出発時間のぎりぎりまで待ってやろう。彼になにか礼をしてやりたくても、それくらいのことしかできないのだから」

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