第20話 風のゆくえ


 風のすみかへ到着した。

ほんの数日、はなれていただけだというのに、とても懐かしい気がする。


 奥へ進むと見なれた風景ではなく、戦いのあとが散らばっていた。

道場の建物のあたりに何人もの騎士たちの亡骸なきがらが倒れたままになっていた。その向こう側に見慣れた人物が横たわっているのに気付く、師匠ドラッケンだった。

「先生……」

 

 ストーンは、敵兵たちの倒れていたあたりに火を放ち一斉に焼いた。

ドラッケンを丁重に埋めると土を集めて墓標を立てた。

騎竜剣ドラグーンは、悲しそうな音を立てて鳴いた。

ストーンにはそのように聞こえただけで、ただの物音だったのかもしれない。



 海岸に巨大な帆船が停泊していた。

高らかに掲げられた国旗にはリオニア王国のシンボルである獅子が描かれている。

たくさんの船員たちが忙しそうに船出の準備をしているところだった。

甲板かんぱんで二人の男が立ち話をしていた。


「騎士団長。来ますかね、あの少年?」初老の騎士がたずねた。

リオニア傭兵騎士団で参謀さんぼうつとめる男で名をマリオスという。


「来るさ」レントゥは確信していた。


「では、時間までは待ちますか」


「マリオスよ。来ると思っているのではないのか、貴様も?」


「はっ。いつかの貴方様のように思えましてな」

老兵は、レントゥに出会った頃のことを回想していた。


 海の旅は、失意のどん底にあった青年を立ち直らせ、

誰よりも強く賢い戦士に育てたのだ。

青年は、いまや最強とうたわれる戦闘集団のおさとなっていた。

「もう恩人に返せるものはないが、せめて、あの少年に」


「恩人というのはあのお方のことで?」


「ああ。もう昔のことになるな。最愛の人をいくさで失い自暴自棄になっていたこの俺を、立ち直らせてくれた方だ。

そして、五年前のあの嵐の航海の折、俺たちをかばって散っていったあの方だ。

帝国最後の騎士のひとり、竜騎士・ロックス。そう、あの少年の父だ」


「知っておいででしたか」


「いや、気付いたのだ。港で会ったとき。雰囲気がまるで生き写しだった。

そして、あの少年の使う剣術。あれは、恩師ロックスと同じ、海龍剣。

答えは、ひとつしかあるまい。これもなにかの運命ではないかと思うぞ」

レントゥはつぶやく。


「ロックス殿ですか。海竜剣の使い手にして、『帝国』の竜騎士。

最後まで、古代帝国とその秘宝を守りぬいた男。だが、謎は残ったままですな」

マリオスはつぶやいた。


「伝説の皇女と、騎龍剣ドラグーンか」


「あの少年、戦いに巻きこまれてピティはもういないと言いましたな。

失われた少女ピティとは、いったい何者だったのでしょうか、

まことしやかにささやかれていた『帝国』の皇女だったのですかね」


「ピティか。それは古代帝国の存続を願ったものたちの祈りであり、

ただの夢のかけらにすぎなかった。

ピティは古代帝国の皇女などではない、

俺は古代帝国の皇女はすでにリオニアのどこかにいると思っている。

それを隠すためのおとりをあのピティが兼ねていたということはあっても」


「ほぉ、そう言われるということは。よもや、本当の皇女の居場所をご存じなのでは?」


「この俺がどこかに隠しているとでも言いたそうだな、マリオス。

まあ、皇女の件は置いておく。

 ひとつだけ確かなことがある。

古代帝国最後の騎竜・テンペストという幼い竜プティドラゴンが居た。

それを封じ込めて造られた兵器が颱風騎竜剣テンペストドラグーン

だが、その強力すぎる剣は使うべきではない兵器だった。

平和を願ったある精霊使いは剣から魂を抜きだし人間の少女の姿にしたといわれている。もし、竜の少女の魂が剣に戻ったとすればとんでもないことだ」


「ストーンが手にしていたあの剣が颱風騎竜剣テンペストドラグーンですと。

ピティという少女の正体は……

帝国の切り札・颱風騎竜剣テンペストドラグーンだったと?」


「さあな……」レントゥは首をかしげながら続けた。

「案外、物体ですらない、もっと抽象的なものだとも思えるな。

言わば、愛とか、希望とか、だ」


「鬼の口から、愛や希望ですかな?」

マリオスはあきれたような声で聞きかえした。


「俺が言うのは、そんなに可笑おかしいか」


可笑おかしくはありませんか」

老兵はわざと真面目な顔をした。


「たしかに。そんな言葉、忘れていたさ」

騎士団長は頭をかきながらつぶやく。


「信じてみる気になったのですか、愛や希望などというものを?」


「まあな。貴様はどうだ、信じてみるか?」

ルカニオスはふと笑う。


「信じてみましょう、半信半疑ではありますがね」

マリオスも笑った。




 ストーンは丘の上に立った。

剣の達人ドラッケンもたおれ、自らの道場があったこの丘の上に眠った。命を落としたとはいえ、この丘を襲った敵の騎士たちをすべて叩き斬って散っていったというのが、先生らしいとストーンは思った。


「そろそろ出発だ。行ってきます、先生……」




 リオニアの船が迎えに来ている。

大きな船だ。昔、浜辺で見た父の船も大きくみえたが、この船は軍艦だ。しかも、リオニア軍の誇る最新鋭の旗艦らしい。護衛の軍艦がほかにも二隻、海岸からすこし離れたところに浮かんでいた。


 旗艦の上を見上げると、レントゥが老兵をともなってこちらを見ていた。

しばらくすると、船と港をつないでいたタラップを降りて、お迎えの施設たちがやってきた。軍人ではない、リオニアの貴族かもしれない。その後方から、騎士たちが数人降りてくる。

 この剣とはここでお別れのようだ。


(ストーンくん。わたし、竜や剣でごめんね……) 剣がささやいた


「ピティちゃんは、ピティちゃんだよ。

気をつけて行くんだよ、ピティちゃん。元気で!」ストーンはつぶやいた。


(ストーンくんも。元気でいてね……) 

ピティの声が聞こえた気がした。



使節団はうやうやしく騎竜剣ドラグーンを携えるとゆっくりとタラップを登って行った。


大きく手を振るストーン。

幻影のピティも手を振り返す。タラップの向こうに消えてこうとしていた。

もう一度振り返るとピティの幻は手を振った。そして、最高の笑顔をみせてくれた。

騎竜剣ドラグーンにそんな能力があるのかどうかわからない。ストーンが見たのはただの妄想ではないのか。だが、たしかにピティは微笑ほほえみかけていた。

潮騒にまぎれて吹いているやさしいこの風が竜の少女の微笑ほほえみだった。


タラップは外された。もうすぐ船は動き出すのだろう。


 ひとりぼっちだ。

親代わりになって育ててくれたドラッケン先生を失い、最愛の人ピティも失おうとしていた。

 だが、それは何もかもを失うことではない。

ドラッケン先生はもう居ない。新しい思い出はつづられていくことはないだろうが、先生が居なくなったからといって、先生が今までしてくれたことや教えてくれたことが消え去るわけではない。ストーンが忘れない限り、そしてストーンが生き続けていく限り、先生の想いもまた、ストーンとともに生き続けていくだろう。


 ピティも同じだ、彼女にはもう会えないかもしれない。

それでも、ピティを嫌いになったりするわけではないし、ピティを愛することはなくなったとしても、ピティのことを愛していたことはまぼろしなんかではない。

 初恋は実らないものなどという。そもそも、結果だけが大事なのだろか。

そうではない。誰かをすきになる。だれかのことをすきになったことがある。その気持ちだで十分ではないか。


( さよなら、ピティ……さよなら さよなら ピティ  )


 リオニアの軍艦は港を出で行くのをストーンは遠くからながめていた。


 船がどんどんと小さくなってもう見えない。

あの船が向かったリオニアの港って、世界地図で見たことはあったがそんなに遠くはないはず。でも、やっぱり、遠いのだろう。

 よく考えてみると、自分が駆け回ったことのある場所など、地図の上では本当に一点にすぎないとストーンは思った。この大陸だけでもどれだけの広さがあるのだろうか。まだ、このスコル大公国から外へ出たことだってない。なにも終わっちゃいない。くよくよしている暇なんてない。

 そうだ、世界を駆けまわるんだ……ストーンは思った。


 風の行方ゆくえだれにもわからない。人の運命もまただれにもわからない。


「いつか、英雄になる。この大陸の誰にも負けない英雄になるよ」

ストーンもまた、旅立つ。






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