第18話 遠い日のそよかぜ

「なるほど……秘宝というのはそういうことか。その剣は入れ物。

そのピティという少女が、騎竜剣ドラグーンの本体というわけか。

私はハナからそんな武器は必要ない、炎精霊サラマンドラはそのものすべてが武器だ。行け、火球ファイヤーボールよ!」


ブロンクスは、右手を高々と掲げると炎の玉を投げつけた。

灼熱の炎のかたまりがストーンにぶつかる。


「あちっ、焦げちまう。今度はこちらの番だ、えいっ!!」

ストーンの攻撃、距離は離れているが空を斬るように大きく剣を振るう。

騎竜剣ドラグーンの剣先から鋭い風が起きて飛んでいく、

まるで巨大な岩石を至近距離から投げつけたかのように壁が砕け散った。


「なんという破壊力だ。こんなものを食らっては、この私でも助からん。

しかし、そんな攻撃は当たらぬ。この私の速さの前では」

ブロンクスはまだ余裕の表情をしていた。


ストーンは何度か攻撃をくりかえしたが、風のやいばの威力が落ちていくのに気づいた。

(そうか、剣のエネルギーが消耗していくみたいだな。

なんとかやつの動きを止められないか。ドラッケン先生の教えを思い出すんだ。

いくら素早い動きだとしても剣術と同じで、動きは読めるはずだ。

海竜剣のほかの剣術との一番の違いは基本の動きにある。

ふつうの剣術は直線上の動きを基本としているが、海竜剣は円の動きをする。モンスーンも同じだが、ひとつだけ、俺だけが知っているものがある……その円の奥に存在する、もうひとつの円だ)


ドラッケンはその奥義を愛弟子に余すことなく教えてくれていたはずだ。

実戦でやれるのか、一発勝負だ。

奥義は一度しかつかえない、

なぜなら失敗すれば相手に最大限の隙をあたえることになるからだ。


ストーンはブロンクスの左側にまわりこむ。そして、斬りこんだ。

自らも動きを止めるわけにはいかない。

ブロンクスが投げた火の玉を回避しつつ、しだいに距離をつめる。


 またもやブロンクスは火の玉を投げつけようとする。

その火の玉の下をくぐりストーンはブロンクスの目の前に出ると低く横一線に剣を振るう。ブロンクスの足が止まった。


 ここまでは、ブロンクスの使った海竜剣と同じだが、

この奥義はさらにもう一回転くわえたものだ。

 振りぬいた剣をそのままの勢いで身を一回転させて、もう一度、

斬りつける、先ほどよりも少し上を狙った。

ブロンクスの胴がほとんど真っ二つになった。

「これが海竜剣・奥義、回転斬りだ!!」



 苦しまぎれに連続で火の玉を放つブロンクス。

腕が動かなくなったのか、口から炎の玉をつぎつぎと吐いた。

ブロンクスはもうモンスーンの姿がくずれて魔物のような様相になっていた。

ストーンは剣で受け流す。それでも、火の粉が全身にまとわりついてきた。

ブロンクスがその攻撃を繰りかえすと、あたりは、あっという間に火の海となっていた。


騎竜剣ドラグーンよ、俺の全身全霊を叩き込む、……ピティ、俺は戦う。君の英雄になれるかどうか、よく見ていてくれ」

ストーンは、剣と一体化するように一筋の槍のようにブロンクスに突撃していった。

ブロンクスの、いやモンスーンの体は、内部で火山が爆発したかのように砕け散った。

 強力な魔物であるブロンクスを倒せたのかどうかはわからない、その傀儡かいらいとなっていたモンスーンは跡形もなく消滅した。少なくとも、ブロンクスもここには、いなくなったのは確かである。

 あの爆風から、騎竜剣ドラグーンが守ったのは持ち主であるストーンの身体だけである。


 柱が倒れ、天井が次々と崩れ落ちてきた。

衝撃で、ストーンも飛ばされて床に殴りつけられ気を失った。

ブロンクスが消滅したからなのか、あたりの炎も消えうせてしまい、塔は廃墟になった。館も上層階はほとんどふっ飛んでしまった。

しばらく眠っていたのかもしれない。戦いの物音さえ聞こえては来ない。

(この城の人たちはどうなったんだろ)

爆炎と破壊によって命を落としたか、ここから逃げ出したか。

ストーン以外に生きている人はだれも残っていなかった。



空白になっていた。

目に映る景色も、心の中も。瓦礫がれきのなかを、静かに風が流れた。

ストーンのほほを心地よい風がそっとなでて吹きぬけた。


「ピティ……か」

木漏れ日こもれびのようなかすかにあたたかい気配けはいを感じて顔を上げるが誰もいなかった。


その風は、遠い日の草原に吹いたそよかぜに似ていた。


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