第11話 蛮族の騎士たち

 『風のすみか』から港まではそれほど遠い距離ではない。

くねくねと曲がらなければならない山道だとしても下りなので体は楽だし、ストーンはもちろんピティのような女の子の足でも疲れるようなことはない。

それでも自分を狙っているという敵にいつおそわれるかわからないという不安があったせいか、ピティの足取りはおもく緊張した表情をうかべていた。

「たくさんいるのかな……ギルガンド兵って」

「だいじょうぶだよ。俺が守るから」

「うん、ありがとう」

「そうだ荷物持つよ。かして」ストーンがピティの手からトランクを受け取った。


 ぽつり。水滴が頬にかかった。また、一粒。

「雨かな、降らなきゃいいな」

「うん、降るのかなぁ。向こうの空は晴れているのにこの辺りはうす暗くなってきてるわ」

「降ると近道が通れないぞ、地すべりがひどくなって。急いだ方がいいぞ」

「あっ、降ってきた。急にひどいね」

「ちっ、ついてないなあ」

ストーンはピティの手を引いて近くにあった大きな木の下へ身をかくした。雨宿あまやどりをしながら、手書きの地図を広げると想定していた道を考えなおした。


「何かが来るようだ」

はっきりとはわからないのだけれど、風の精がざわざわとしているのだ。

「何かって?」不安な顔つきのピティ。

かんみたいなものだ。だいじょうぶだから」

ストーンはピティの手を引いて山道を急ぐ。


 しばらく行くと、はがねがきしむ音がいくつも聞こえてくる。

目をこらして森の中を見つめると黄色いよろいをまとった一団が山中を登って来るのが見えた。スコル大公国の軍隊は赤い色のよろいで統一されている。黄色は敵だ。

ストーンはまだ見たことはなかったが、明らかに異国のよろいで、状況からしてギルガンドの騎士たちだろう。次から次へとやって来る。


「かくれよう、見つかったらとても勝ち目なんてない」

ストーンは、ピティの足もとに気を配りながら手を引いて崖道がけみちを上がった。大きな樹木を見つけると、息をひそめてたたずんだ。

 

 すぐ近くを一団が通りかかった。

寄り添いながら木陰こかげにかくれている二人の鼓動こどうがひびきあって、とても大きな音を立てているようで落ち着かない様子だ。


 通りすぎて行った騎士の数は、三十人をこえていた。

『風のすみか』へ向かっているのだ。ドラッケンはわざと残っていた。

炊飯のための煙がのんびりと立ち上るのが、この場所から見てもよくわかる。

気づかないまま丘の上にいるように見せかけて敵をひき付けるつもりだ。


(しかし、先生はあれだけの数の騎士と戦って勝てるのだろうか。一般の兵士ならともかく、あんな強そうな騎士ばかりが三十人もやってくるなんて。

先生に知らせに、行くことは出来ないだろうか。でも、そんなことをしてどうなる?

なによりもピティを無事に送り届けること、それが最大の使命ではないのか。

そのために先生は犠牲になろうとしている……)

不安と焦りがストーンの頭のなかをかけめぐる。


(行くんだ、港へ!)

ストーンは頭を振って立ちあがった。

その横でピティは涙を浮かべて立ちのぼる煙をながめていた。


「今のうちに急ごう」

ストーンたちは雨にれながら走った。


「もうすぐふもとだ。あっ!

つり橋のすみに一人だけ残っているやつがいる」

「黄色いよろいは着てないみたいよ、騎士じゃないのかな」

「でも、ギルガンドだ。上着の左の胸元に勲章みたいなものがたくさんみえる。騎士よりも偉いさんだよ、あいつ」

「あまり武器は持ってないみたいね」

「レイピア一品だけだ」

「レイピア?」

「ああ、貴族たちがよく使う、どちらかいえばかざりみたいな細い剣さ」

部下に登らせておいてこんなところで休憩ってわけでもないだろ」

このつり橋だけは通らないと先へは進めない。

ストーンはピティをかばいながら、剣をかまえてゆっくりと近づいていく。


「その娘がピティだな、おとなしく引きわたせば見のがしてやってもよいぞ」

男が先に声を掛けた。

「まさかな、剣を抜け!おまえを倒して通るまでだ!」

ストーンは戦う覚悟を決めている。

「……」

貴族の青年はうっすらと笑っただけでレイピアをさやから抜こうとさえしない。橋に近づいたストーンは剣をふりかぶった。

「……」

青年の手元で何かがひらめいたように見えた。そのままストーンの意識をうしなった。

居合い斬りと呼ばれる剣術だった。目にも止まらぬ速さでくり出されたレイピアの刃はストーンの体をつきさし、おそらく致命傷になったのだろう。

気を失ってよろめいたストーンは橋のそばから川に落ちてしまい、上流から激しく流れてきた水のなかに飲み込まれてしまった。


「ストーンくん!ストーンくん!」

ピティの絶叫がむなしく木霊こだました。


「泣いていてもしかたあるまい、一緒に来てもらうか」男が近寄ってくる。


「何者?はなして、はなせ!」

つかまれた肩をふりほどこうともがくピティ。


「おっと、失礼した。名乗るのが遅れましたが、私はギルガンドの伯爵、ドレーク・ディアビルス。さあ参りましょうか、ピティ姫。ギルガンド王がお待ちかねです」






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