第10話 想い

 ピティがドラッケンに話しかけた。口数の少ない彼女がそうすることは珍しいことであった。

「ドラッケンさん、少しよいですか。ストーン君は私のことを古代帝国の皇女だと誤解しているようですね」

「あの年頃の少年は、女の子に理想を抱くものじゃ。好きな子のことは、みんなお姫様というわけか」

「茶化さないでください。いつかは知ることになるでしょう……この私の正体を。今、告げてはいけないでしょうか?」

「言うてはならぬ、あいつが一人前になるまでは。

黙ったままでいるのはつらいな、とくにあのようなまっすぐな少年に。

それよりも、ピティ!

ここにも長くはれぬ、ぎつけられたようだ。うかつにもモンスーンを招き入れてしまったことはわしの不覚。おそらくギルガンドの仕業しわざじゃな」



 いつにもまして風の音がうるさく感じられるある朝のことだ。

ストーンがいつものように模擬刀の素振りをしていたところ、伝書鳩が立て続けに手紙を運んできた。

「なんだ、朝からもう四羽目じゃないか。先生~、また鳩が来てますよ」

鳩の足から小さな紙切れを外すと急いでドラッケン師匠に手渡した。


「ストーン、よく聞くのじゃ。スコルの街中は今やギルガンド王国の兵たちが歩き回っている。アンタレス大公は必ずやギルガンド軍を撃退してくれるとわしは信じている。だが、問題はそれだけじゃない。

ここから先、話すことはとても大切なことなのだ。よいか、ストーン!」


「はい、先生。お話しください」


「覚えておるかの? 古代帝国のことじゃ。北の大国リオニアの王は、ある秘宝を探していた。探していたのはリオニア王だけではない。南の蛮族ギルガンドもそれを探している」

「秘宝? あの手中にすれば天下を取れるみたいな胡散臭うさんくさい伝説のことだろ」


「わしは、いや、我々はずっとそれをお守りしてきた。ストーン、そなたの父たちといっしょに守ってきたのだ!

我々は古代帝国、つまり『帝国』の騎士だった。

ルーダロスによって『帝国』の都が陥落したとき、それを預かって船で帝都をはなれた。海にのがれた我々はその船で諸外国を航海し放浪の旅を続けた。

 旅の途中、精霊たちの島にたどり着き、秘宝を隠してもらう。

 帰還した我々は、オリオウネ王国から独立したばかりのスコル大公国に住むことにした。まだ政治も安定せぬスコルは素性をかくしたいものたちに都合がよかったのじゃ。海の暮らしや船の扱いになれていた我々には、沿岸の町はとても暮らしやすかった」


「なんだってんだ……帝国とか精霊だなんて……そんな?」

ストーンはおとぎ話でも聞かされているとしか思えないという顔をした。

 

「ある時、精霊たちの島が襲われた。それを知った我々はふたたび海へと出かけ、島と秘宝を守ろうとした。そこで激しい戦いとなってしまう。預かってくださっていた精霊使いの一族は全滅した。我々は無事に秘宝を守り抜いたが、お前の父・ロックスは戦死した……大きな犠牲だ。そのような多くの犠牲のおかげで、なんとか生きのびたわしだけが、ここへ帰り着いた」


「そんな話、急に信じられるか。父さんはただの船乗りじゃなかったのか?」


「優秀で、勇敢な船乗りに違いはない。あいつの真の姿は騎士だった。ただの船乗りであり続けてはいても、彼は『帝国』の騎士でもあり続けたのだ」


「なぜ、どうして今、こんな話をするのですか?」


「ギルガンド軍がここへ押しよせてくる。急がねばならない、やつらのねらいは、秘宝を手に入れることだ。

ギルガンド軍の手にわたれば、悪いように使われるだろう。それはリオニア王国にしても同じだ。しかし、リオニア王国に信頼できる人物がおる。リオニアの騎士団長をしておる青年でレントゥという人物じゃ」


「リオニアなんて敵じゃないか。レントゥだって? そんなやつ信用できるものか」


「レントゥの父や祖父たちもかつては我々と同じく『帝国』の信頼できる騎士であった。今も志しを持ち続けていてくれていると信じておる。

明朝、スコル港の三番埠頭にレントゥの軍艦ふねがやって来る手はずになっておるのじゃ」


「それで?」


「レントゥの軍艦ふねはリオニア国籍だ。港までは来られるが、スコル大公国に上陸はできない決まりになっておる。政治とはやっかいなものじゃ。ストーン、港まで行けるか?」


「先生は……?」


「わしはここでおとりになってギルガンド兵たちを迎え撃つ。やつらは、すでにふもと布陣ふじんしておっての、とても囲みを突破はできそうにない。こちらにおびき寄せるから、そのあいだに下山するのじゃ」


「わかりました。で、その大切な物はどこにあるのですか?」


「ストーンよ。まだ、わからんか」


「へっ?」


「ピティじゃよ」


「ピ、ピティちゃんが。そんな。……で、ピティちゃんは、今、どこにいるのですか?」


「準備をしている。となりの部屋で荷物をまとめているところじゃ。ストーン、お前もすぐに用意しなさい」


ストーンは武器や道具の準備をするために、一旦、自分の部屋へと戻ることにした。



「では、行ってまいります!」


「待て、ストーンよ。死ぬなよ、必ず生きて……生きて生きぬくのじゃ」


「俺は死なない! 必ずピティちゃんを無事に送りとどけます!」


「これを持っていけ」

ドラッケンはストーンに布に包まれた棒のようなものを手わたす。


「これは、真剣じゃないか」

今まで稽古用の模擬刀しかにぎったことのない少年の手には、その重量感とは別のずっしりとした重みが感じられた。本物がもつ迫力がつたわってくる。


「ストーン、お前の父よりあずかっていた大剣だ。お前が一人前の剣士になった時にわたすつもりだったが」


「父さんの剣……」少年はその剣の刃に、一瞬、父の姿が映るのを見た。


「いいか、ストーン。ピティを付けねらっている者は、おそらくディアビルス伯爵だ。

あの男は、レイピア(細長い直刀)の達人、そして返し技の達人だといううわさじゃ。こちらの攻撃のすきをねらって強烈な反撃をくり出してくるだろう。うかつに斬りつけるのは危険じゃよ。わしが出向いて行って対決したいほどの強い敵じゃが、すまぬな。」


「わかっているって。先生は、この『風のすみか』を守ってください」


「気にするな、ギルガンド軍のような蛮族の襲撃など、わしひとりで十分じゃ」


「先生。じゃ、俺……、行きます!」


「行け、ストーン。そして、必ず帰れ。生きて帰れよ!」

ドラッケンは、愛弟子まなでしである少年の旅立ちを見送った。


「ゆるせ……ロックス。お前の息子を、大人になるまで見守るつもりじゃたが。あいつは、風だ。しかも烈風じゃ。少しばかり早くなってしまったが、いつかは旅立つ日が来る。このまま、わしの手の中ではせますぎるのじゃ」

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