第9話 刺客あらわる

 その夜、モンスーンは、こっそりと部屋を出た。

ストーンのらしている小屋とピティがらしている家屋は少しはなれた場所に立っている。

モンスーンはこっそりとピティたちのいる家屋のほうにしのもうとしていた。


「よっ、こんな夜中に散歩……か、モンスーン!」


「ストーン、どうして君が?」


「こちらが聞きたいぜ。ピティをどうするつもりだ?」


「どこで知ったのかはわからないが、僕の邪魔じゃまはさせない」

モンスーンは短剣をぬき出した、もちろん本物だ。


ストーンも持ってきていた模擬刀を構える、両手を使って中段の構えだ。

とりあえず相手の出方を待った。

「モンスーン、答えてくれ。お前、いったい何者なんだ?

ピティに近づいたのは、ただ好きなだけじゃあるまい?」


「関係ないさ、君には……」冷静な表情をくずさない。


「ふざけるなよ!」

ストーンはこらえきれず、剣を勢いよく突き出した。


顔色ひとつ変えることなく横に移動してかわしたモンスーンは、

旋風のようなすばやさで短剣をふりまわし、いくつかの半円をえがいた。

次の瞬間、ストーンの体のあちらこちらから血しぶきが飛びる。


「弱い!こんな実力で君がピティさんの騎士ナイト気取りだなんてね。

これが海竜剣の流派を学ぼうとする男か。

この僕をライバルだって思っているだなんて笑うしかないよ」


ちがう。いつものモンスーンではない」


「さあ、どうした?もう、終わりか。立ちなよ、ストーン。

戦いは、始まったところさあ、ほらっ!」

ふたたび、短剣がおそいかかった。

地面を転がりやいばをのがれようとするストーンの体に次々と傷をつくる。


やっと立ち上がったストーンは、剣をかまえなおした。

モンスーンは、ふだん、本当の能力をかくしていたのだろう。

ともに学んでいる海竜剣の剣術とは、まったくちがう別物である。

剣術とはかけはなれた戦い方であり、もっと非道な、人をまっ殺するための殺人術であった。


「そうさ、僕は。僕はね、刺客しかくなんだよ。

ただ任務を遂行するためだけに生きる殺人兵器なんだよ。

そして、君が邪魔じゃまをするというのなら、ここで抹殺しかないね」

まるで氷のような表情を浮かべてつぶやいていた。


「わかったよ、モンスーン……。

てめえに何があったかは知らない、あの幼い日の世間知らずで優しそうなおぼっちゃんだったてめえが、なぜ、そんなあぶない人間になっちまったのかなんてな。

だけどな、俺もここで負けるわけにはいかない。ピティは必ず守る」

そういうと、ストーンは、模擬刀を放り投げた。


降参こうさんでもするのか? では、斬る!!」

モンスーンが短剣をかざして飛びかかってきた。

風と風が勢いよくぶつかりあったように見えた。まわりの木々がはげしくゆれて、落ち葉をまいあげた。

一陣の突風が吹きぬけた後、二人の立っていた位置が入れかわっていた。


「ルール無用だったよな。言い忘れていたがケンカなら負けたことはない」

ストーンはふり向いた。

そこには、モンスーンがうつぶせになってたおれていた。


「まるで烈風れっぷうだね、僕の負けだ。もし君が本気だったら僕は即死だっただろう、また助けられたなんて考えたくもないけどさ」

モンスーンの眉間みけんに小さなナイフが刺さっている。わずかに眉間みけんの急所からはずれていたようだ。

投げナイフ、危険な下町で育ったストーンの物心もつかない頃からのれしたしんだ小さな野生の牙のようなものであった。


「急所は外したつもりだ。早く手当てしてもらいな」


「そんな必要はない! 任務に失敗した僕を組織は生かしてはおかないだろう。

さよならだ……ストーン、ひとつだけ言っておくよ。

君の甘さではケンカには勝てても人生においては生き残ってはいけない。

また君と戦うことがあれば、その時が君の最期となるだろう。

おぼえておくとよいよ……ナイフ投げだって?

ヒンッ、こんな手品みたいなこけおどしは二度とは通用しないさ」

モンスーンは眉間から引き抜いた投げナイフの血を、自らの洋服でぬぐってストーンに返すとふらふらと去っていった。

追跡すれば敵の正体を知ることができるかもしれない、しかし、ストーンにも後を追いかけていく体力は残っていなかった。



港町にたどり着いたモンスーンを待っていた怪しい影が三つ、いや、四つ、

近づいてきた。

「モンスーン。ひとりか、例の少女はどうした?」

「連れて来られませんでした」

「なぜだ?」

「風が吹きました。烈風れっぷうが……」

「風とな?吹き飛ばされたというわけだな?」

「ざんねんですが……」

「任務に失敗した刺客しかくはどうなるか知っておろうな?」

黒い影たちがモンスーンを取りかこんで剣を突きつけた。

「待て!」

もうひとつ、人影があらわれた。

「ブロンクス様」

影たちは動きを止めてあらわれた人影を見た。

「さがれ、こいつはわしに任せるがよい」

人影がマントの中からふりだした右手のひらに炎がうかびあがった。すうっと炎がのびてモンスーンに近づいてくる。

深い赤色の炎がモンスーンの体をつつみこむと、燃えたというよりも何かに飲みこまれるようにして消えてしまった。

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