第8話 風のうわさ

「これ……飲んで。とっておきの蜂蜜をたっぷり入れてあるから」

ピティはお湯の入った小さな食器を渡す。甘い香りが漂う。


「ありがと。えっと……なんだっけ、あの~、

ピティちゃんって……この国の人じゃないよね?」

ストーンは思いきって聞いてみた。


「どうして?」


「うーん、スコルの国の人間って肌とかも浅黒いけれど、

ピティちゃんの肌は透き通るように白い。

髪の色もなんというか日陰にいても太陽が当たっているように明るいし。

どこの国の人かというより、もしかして森妖精エルフだったりしないよね。

いや、俺はべつにピティちゃんが森妖精エルフでも……」

ストーンは柄にもなく顔を赤らめている。


森妖精エルフじゃないよ……見て。リオニアから来たの」

ピティは髪をかきあげて耳をのぞかせた。森妖精エルフの耳は長くとがっているといわれているからだろう。


「リオニア王国。そういえば、先生が船で連れて来たんだった」

北の大国リオニア、ここスコル公国とは地続きではあったが国境には

迷宮のような森林地帯やライン峠とよばれる険しい丘陵地帯があるため、

海路を使うことが多かった。


「ストーンくんも港まで来てくれていた、今でもよくおぼえてる。

重いトランクを持ってくれて、見かけによらず紳士的だなぁって思った」


「見かけによらずって余計だろ……。

リオニア王国って、あんなに大国なのになぜ帝国を名乗らないのか知ってる?

帝国の証である三つのものがそろっていないからだって、先生が話していた。

竜王の宝珠オーブ騎竜剣ドラグーン、そして……。

竜王の血をひく子孫、古王国の王女を探しているって」


「その話、わたしと何か関係があるの? お昼の支度をしないといけないから、

もう行くね。ああ、忙しい~」

ピティは足早に立ち去った。

ストーンも思い出したように模擬刀をにぎると素振りの練習をはじめた。




「よっ、ストーン兄ちゃん!」木陰の上からだれかが呼んだ。

いつのまにか夕暮れになっていた。木の葉がいくつも散ってくる。


「あいかわらずハナタレじゃないか、レパル。うんっ、どうした?」


「よっと。おひさしぶりです」木の上から身軽な動作で子供がまいおりた。


ストーンが首にかけていた手ぬぐいを投げると、レパルはその布を片手ですばやくつかむとチュンっと大きな音を立てた。


「へへっ。すごい知らせっス。兄ちゃんのライバルのあのイケメンなヤツね、

気をつけたほうがいいと思うな……」


「もったいぶってなんだ?早く話せよ」 ストーンは片手を耳にあてた。


「おれっち、きのうの夜、暗闇にまぎれて港の倉庫に、食料おやつをいただきに行ったら……」


「レパル!また、そんなコソドロみたいなことやっていたのか!」

ゲンコツがレパルの頭を一撃した。


「まっ、聞いてよ。しかられている場合じゃないんだ。せっかく、知らせに来ているのに。あのイケメンさん、倉庫のうらで見かけちまった」


「おかしくないさ。モンスーンの家って、たしかにあのあたりだったじゃないか」


「昔はね。しかし、なにも知らないんだね、ストーン兄ちゃん。

モンスーンの生家、つまりモンテカルロ家の豪邸は、何年も前に取りこわされたんだ。

それはいいとして、昨日の夜、あやしい男たちと話していたのを見ちまったんだよ。それでさ~」

レパルは、しい~っと人差し指を口の前に立てて声をひそめた。


「何を話していた?」

ストーンは、あわててレパルにつかみかかった。


「痛っ、待ちなよ。あやしい男たちのリーダーらしき黒っぽいマントの男があらわれて、モンスーンに言ったんだ。

その娘を明日の夜……って、つまり今夜だね。ここに連れて来いと。

あれはただの盗賊一味なんかじゃない……もっと巨大な悪の組織って感じだったよ」


「そんなもの、あるわけないだろ」


「あるんだっ……てば! とにかく、気をつけて!」

そういうとレパルは知らぬ間に姿を消していた。


「ほんと……猫のようなやつだな。それにしても巨大組織って。

盗賊組合シーフギルド? まさか国家レベルのなにか?

モンスーンにかぎって、そんなことないって思いたいな……」

木陰にもたれながらぶつぶつとつぶやくストーン。

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