第7話 モンスーン

 そんなある日のこと、モンスーンはストーンを段々畑のはずれに呼び出していた。


「ストーン、君がピティさんに好意を寄せているのは知っている。

だが、彼女を渡すわけにはいかない」


「いきなり、何だっ!」ストーンは困惑した表情を浮かべた。


「こういうことですよ」

モンスーンは模擬刀を二本持ち出していて、そのうちの一つをストーンに放り投げた。

空中を一回転した模擬刀は、すばやくそれをつかみ取ったストーンの手ににぎられた。


「そういうことか!」

ストーンは不敵に笑うと模造刀を構えた。


 模擬刀とは見た目の感じも重さも本物の武器に似せて作ってある鑑賞用や練習用の刀で木や石で出来ているが刃は付いていない。刃こそ付いてはいないとはいえ、扱いをまちがえると大怪我につながる危険もあった。


「やめて、ふたりとも」

ピティが飛び出してきて叫んだ。


「ピティ! 危ないから下がっているんだ」

モンスーンの攻撃を振り払いながらストーンは叫んだ。


「ちょうどいい、ピティさんの前で、決闘ですよ」

モンスーンは意気揚々と宣言した。


「いいだろう、うけてたつぜ!」


 二人とも、いつもの練習の時とは、まったく別の表情をしている。

息もつく暇さえないような剣の繰り出合いが続いていた。二人の力量はほとんど互角だった。


「ストーン。あの日のお魚はとてもおいしかったです。

だけどね、ピティさんを仲良く二人で分け合うわけにはいかないでしょう」


「じゃあ、あきらめろよ。おまえが横取りしようとしているんじゃないか」

戦いが続く中、より正確な攻撃を続けてきたモンスーンのほうが優勢になってきていた。細々としたダメージではあったが、その蓄積はストーンをしだいに追いつめた。


「このままでは、負ける……」ストーンにあせりの表情が浮かんだ。

「えええぃっ!!」

状況をくつがえすため、全力で振りかぶってくり出した渾身の一撃を放つストーン。

しかし、モンスーンはわずかに頭一つ分の差で避けたのだ。


 勢い余ったストーンの打ち込みは、地面を激しく叩きつける結果となり、自身の刀を砕く結果となった。模擬刀だから壊れたというわけではない。よく鍛えられた真剣でも、今のような勢いで予想外の箇所に打ち付けると刀身を折る結果は免れることはなかった。


 体勢を崩したストーンのすきをついたモンスーンは、剣をすばやくストーンのみぞおちにすべりこませた。折れた剣を捨て、反射的に剣先を素手でとらえたストーンだが衝撃を抑えきれずにそのまま転倒し、呼吸困難な状態になった。


「もうやめて、モンスーンくん」

ピティの甲高い声が走った。

「では、わたくしの勝ちをみとめますか、そして、わたしの恋人になってくれますか、ピティさん?」


「さあ? 勝手にあなたたちが始めた決闘じゃない?

それに、あなたが勝ったわけじゃない。ストーンくんが、わざと外さなかったら、あなたの頭は砕けていたことでしょう、

こわれていたのはストーン君の刀ではなく……」


「ちがう、あれは、ぼくがよけたのだ、わからないのか!!!」

恐ろしい形相をして張りさけんばかりの大声でどなりあげると、モンスーンは模擬刀を乱暴に大地に投げつけて足早に立ち去った。


 たしかにモンスーンの反射神経のよさが働いたことはまちがいない、しかし、ストーンが手元を変えなければ、あのすさまじい攻撃がモンスーンの頭部を破壊していた可能性は限りなく高かった。


「ストーンくん、もし、これが、真剣での戦いだったとしたら、あなたは殺されていたかもしれない」


「なんだって、俺はあいつより弱っちいとでもいうのか……?」


「そうは言わないわ。たぶん、ふたりとも同じくらい、速いし、強い。

だけど、あなたは、モンスーン君を斬れはしないでしょ?」


「ピティちゃん。それでは、やつは、モンスーンのやつは、こいつが真剣だったとしても俺を斬っていたというのか……」


「斬っていたと思うわ。

でもね、それは、あなたのほうが弱いということではないと思う。やさしすぎると、長生きは出来ないのよ、こんな世界じゃね」

ピティは、かなしそうな目をして遠くをながめていた。


 ストーンには、それが、自分のよく知っている、いつもの可憐な少女ではなく、なにか大きなさだめを背負って生きてきた見知らぬ人のように見えた。


 考えてみれば、彼女はいったい何者なのだろう。

数年前のある日、ドラッケン先生がふらっと連れてきたのだけど、彼女の生い立ちを知っているわけでもないことにあらためて気づかされた。


 ドラッケン先生についても同じだった。

父の親友だと聞く。ただ、それだけだ。小さいころに浜辺で見たことはあるような気がするけれど、よく知っていたわけではなかった。


なによりもストーンは自分のことさえ、よく知らないでいた。

父がスコル公国の沿岸で漁師のリーダーをつとめていたこと、嵐の夜に船団は遭難してしまい、帰らぬ人になってしまったこと。

母のことも知らない。兄弟がいたのかどうかも考えたことさえなかった。


 ストーンは、この世界にたったひとりで取り残されたような不安に押しつぶされそうになりながら、ただ……耐えた。


「ピティちゃん……、なにか暖かい飲み物があれば持ってきてくれないか」


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