第2話 風のすみか
この国スコル大公国は半島の東海岸沿いに位置する小さな国だった。
ストーンの父も漁師であるように漁業が盛んである。北の大国リオニアとの関係は良好で貿易も活発だったが、南側にあるギルガンド王国とはいつ戦争になってもおかしくないような険悪な状況であった。
ストーンと浜辺でいっしょに魚を食べていた少年・モンスーンの父親は、リオニア王国だけではなくギルガンド王国との貿易にもたずさわっていたことが原因で陰謀にまきこまれ、モンテカルロ家は没落してしまった。
あれから何年たったのだろうか。ストーンは十四歳くらいになった。
子どもから少年になっていく年頃で、父親似の
ストーンの父、ロックスは、今はもういなかった。
ひどい嵐の夜だったという、遠洋まで出向いていた父たちの漁船団は難破し、数名の生存者を残して消息をたってしまったと聞いた。真相はわからない。
生き残った男の一人、ドラッケンも
ドラッケンの容姿は恰幅の良い中年でふだんは温厚で優しいが、厳しさがにじみ出ていて、こちらも動物に例えるなら牛のような人といえるだろう。
ドラッケンの話では、ストーンの父・ロックスは仲間たちをかばって
ストーンは、信じたくなかった。
天候が良くなると父が帰ってくるにちがいないと信じてやまず、晴れた日はいつも、早朝になると海岸へと出かけて帰ってくることのない漁師の姿を待ちわびた。
( 幼いころだったのではっきりと覚えちゃいない……
記憶の中の剣は、あまりに神秘的で、大きくて重そうなだけではなく、
「ストーン、それにさわってはいけない! 」と父に
「これは先祖の形見でな。おまえのおじいさんは古王国の騎士だった」と言った。父は無口な人だったし、いつも海に出ていたのでゆっくりと話す機会もなく、父も騎士だったのかという質問をすることはできなかった。
ある日、ストーンはドラッケンに騎士のことを聞いてみた。父が騎士だったのかどうかの答えははぐらかされたが、代わりにドラッケンはこう答えた。
「若い頃、このわしはロックスとともによく旅に出かけたものじゃ、二人とも海竜剣とよばれる流派の剣術を学んでいた。わしは騎士ではないが、剣士じゃよ」
そういえば、この男もただの漁師ではないのかもしれない。少なくとも、父もこの友人という男も剣術の使い手であることはわかった。
船も仲間も失ったドラッケンは漁師を続ける気にはなれないと言い、『風のすみか』と呼ばれる丘陵地帯に剣術の道場を開いた。
ストーンの育った港町ファングから少し離れていたが、海岸まで見わたせるくらいに小高く切り立った場所にあり、人々が暮らすにはあまり向いてはいなかった。
丘というよりもほとんど山の中で、山岳の一画が偶然にせまい平地になっているだけで、こんなところで暮らせるのは人間や動物ではなく、風くらいのものだと言われていたので『風のすみか』とよばれているらしい。
いっしょに『風のすみか』へ移り住むことになったストーンは、ドラッケン先生のもとで剣術を学ぶことになった。
道場といっても、建物もなにもなかった。崖のような狭い場所に
「先生、道場はどこにあるのですか?」
大きな建物があって、その館内で剣士をめざす若者たちが汗を流して走りまわっているというイメージをもってわくわくしてやってきたストーンは驚いた。
「ここが、わしの道場だ。切り立つ岩山、そびえる大木、風が吹きぬけていくこの
「まさか。このなにもない空き地が道場だって?」
「何もなくはないぞ。ほら!」ドラッケンは、二本持っていた棒のひとつをストーンに投げた。
ストーンは、それをつかむ。ただの棒ではなかった。木刀というのだろうか。木を彫って刀のかたちにしてある。灰色というか銀色に色を塗ってあって、本物の刀に見えなくもない。
「先生、これは?」
「模造刀じゃ。わしか彫って作ったんじゃがなかなかよく出来ておるだろ。それさえあれば十分。さあ、さっそく特訓じゃ」
ストーンとドラッケンはこの丘で暮らすことになるのだが、道場の建物がないだけでなく、眠る家さえなかった。
さすがに便利が悪いと思ったのだろうか。ドラッケンは森の木をたおすと丸太を作り、小さな家屋を建てた。もちろん、ストーンも手伝った。来る日も来る日も剣術の練習よりも木を切ったりけずったりしていることのほうが多く、こんなことで強い剣士をめざせるのかとも思うこともあったのだが、それらの仕事は意外にも筋力をつけることや集中力や根気を養うのに役に立っていたのだ。
仕事がしんどかったり、練習がつらい日もあったが、ストーンにはとても楽しみなことがあった。幼馴染の女の子ピティも、この『風のすみか』で暮らすことになった。
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