第14話 焚火とタバコ

「やっぱ焚き火いいだろ!」


自慢げなカメである。

しかしもう既に10回は聞いたので、かなり辟易している。


「分かったって、お前、酒そんな弱かったっけ?」


思ったよりも蚊がこない。

海風は多少ベタつくものの、夜風は心地よい。

友人たち、ヤマとカメは双方ともにバイクの中免を持っており、

カメはアパートに兄からもらった古い本田XL250も持っていたのだが、

今回は自転車での出走だ。


「移動だけのためなら乗ってもいいが、フロント23インチとかカッコ悪すぎでしょ!」


カメの野郎はタダでお下がりもらったくせに態度がデカい。


「俺はやっぱ2ストのクオーターが欲しいなぁ、NSRかTZR」


ヤマちゃんの好みは2stレプリカらしい。

いまのヒーローは平忠彦。

やはりTZRだろう。


マンガのTo-yでもTZRはカッコいいことこの上なかった。


1度NSRに乗せてもらったが、我が愛車である250単気筒28馬力とは、

回転の上がり方、馬力の出方、車体の軽さ、乗車姿勢と全てが違い驚いた。


「アレは長距離乗れないぜ、乗車姿勢が半端なくキツイぞ」


一応、乗ったことある体で言ってみるが、

ヤマはバイトしてどっちかを買うのだと息巻いている。


実はヤマは数年後に念願の赤白TZRを買い、

高速を使って大分まで里帰りをするのであるが、それはまた別の話。

今はまだバイクを持っていないのだ。


「なあ、ちょっとお前のBAJA乗せてくれよ」


ヤマちゃんがねだりに来た。


「全然いいけど、お前酒飲んでんじゃん」


「公道には出ねえさ、砂浜走るだけ。誰もいないし、

ノーヘルなら気持ち良さそう。ちょっと貸してくれよ」


半ば強引にBAJAにまたがり、砂浜を走っていった。


「こけなきゃいいけどな。まあ下が砂だから大丈夫か…」


パタタタタ…遠くの単気筒のエンジン音を聞きながら、

カメと明日の行程について地図を見ながら話していると、


不意にエンジン音が止まった…。


「あっ、あいつやりやがったな!」


音のしていた方に2人で走っていくと、案の定、コケたバイクとひっくり返ったヤマがいた。


「大丈夫かよ、おい」


真っ青な顔をしている。


「や、ヤバかった…お前らそっち行くなよ…あぶねえぞ…」


何が危ないのか、何も見えない。


うわっ!丘に引き揚げてある船と柱の間に紐が張ってあるのだ。よく見えないので顔を引っ掛けた。


「もはや風閂(かざかんぬき)だよ…」


どうやら目の前に紐が現れたので、バイクを転かして難を逃れたらしい。


「死ななくてよかったな、こんなのマトモにいったら首チョンだぜ」


笑い事ではない。飲んだら乗るな乗るなら飲むなである。


スゴスゴと焚き火地点に戻り、3人で明日の行程を検討することにした。

美大生で釣り好き、遊んでいそうなカメが言う。


「西伊豆方面に行こうぜ、泳ぐならあっちの方が海が綺麗なんだ。


多分海でなんか採れるから食い物もタダで調達できるかも知れねぇしさ」


綺麗な海は賛成だ。

しかしそれは箱根越えを意味する。

バイクの俺は全く気にならないが、お前らマジで自転車であの山登るの?

スゲえな。


何故かやる気満々の2人はおもむろにタバコを取り出した。


「おい、火、とってくれ」


タバコを吸わない俺はライターを持たない。


「そうじゃねぇ、焚き火の燃えさしくれっつってんの」


なるほど、少し長めの燃えさしをカメに渡すと、

焚き木をブンと振り、炎を消した後に目を細めながら、

赤々と焼ける木をタバコに押し当て火をつけた。


か、か、カッコいい…


いや、カメがではなく、その火をつける行為そのものが、

まるでマルボロのTVCMの様だった。


「おい、俺にもやらせてくれよ」


「いいけど、お前喘息じゃなかったっけ?気管支には良いことねぇぞ」


「もう治ってんだよ、そんなのは。大丈夫だからタバコ一本くれよ」


無理やりカメからタバコを一本奪い取ると、

同じようにタバコに燃えさしを押し付けた。


ん?


つかない…。


「あのな、タバコ吸ったことねぇだろ、お前。

タバコに火をつけるときは、先っぽに押し付けてる時に吸わなきゃ火はつかないの。

バカだね。

そうそう、そんでグワって吸うと絶対むせるから、ちょっと吸うだろ、

そんで口から離せ、そう。そんで空気と一緒に吸うんだ。

そんで吐く、ふわぁ〜ってな。そうそうそんな感じよ。」


確かに俺は小児喘息だったため、自分からタバコを吸いたいと

思ったことはなかった。


タバコそのものを吸いたかった訳ではなかったので


「もういいや、満足した、返す」


「バカやろ、他人が口つけたタバコなんて吸わないの、全部自分で吸え」


こうして初めてタバコを吸ったのだった。



砂浜にバタンと寝転び、満天の星を見ながら、タバコの煙をふぅわりと吐き出す。

とても満ち足りた気分で夜は過ぎていった。

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