第15話 エリミネーターの女

狭いテントの中に男2人がギュウギュウ詰めで寝てればそりゃ暑い。

太陽が昇ってすぐにテント内気温が立ち上がり、寝ていられなくなる。


とはいえ、前の晩は酒が切れて早々に寝るしかなくなり、

早寝だったので寝不足ではない。


前室のヤマちゃんも起き出しているようで、すでにタープは開いて風に舞っている。

テントから這い出すと爽やかな海風が心地よい。

ヤマちゃんは砂浜に座ってボーッと海を見ながらタバコを吸っていた。


「おはよう、どうだ蚊に刺されたか?」


「いや、刺されなかったし、羽音で起こされることもなかった。快適だったよ。

狭い中ギュウギュウなお前らより良かったかもしれないな。」


ニヤリと笑いながらタバコを差し出す。


覚えたてのタバコを吸っていると、カメもテントから出てきた。


「よう、顔ボコボコだろ?」


違うけどな…。


昨夜の残りご飯に即席みそ汁をかけて、お湯をかける。

味噌おじやの出来上がりである。

3人でゾゾゾと音を立てながら朝飯を平らげる。


自転車に乗るこいつらはこれじゃカロリー足りないだろうが、

それはどっかのコンビニで摂取してもらおう。

今日は箱根アタックである。


できれば涼しいうちに山を登っておきたいという希望でソッコーで用意して出発する。

ビール3本では二日酔いもない。

早寝早起きで体調は万全。

あっという間に山のふもとまではたどり着いた。


「さてここからだな。実は高校時代、

2人で地元の山に毎週のように通っていたんで、

山登りには少々自信があるんだ、俺たちは。」



ヤマとカメが自慢げに言う。

古い友達だが、高校は2人と別だったのだ。

地元の山は大きくはないがそれなりの傾斜ではある。ここはお手並み拝見だろう。


登り始めて10分ほど。

俺は暇なのである程度登ってはUターンして奴らの後ろについては、

また先行してUターンを繰り返していた。


息も絶え絶えな自転車たちはココロが折れそうに見えた。

そりゃキツイだろう、良く自転車で箱根越えよう、とか思うものだ。


「ちょっと肩貸せ、肩」


ん?と思っていたら、ガッシと右手で左肩をつかまれた。


「やってくれ」


いわゆる「ケンビキ(牽引?)」というやつだ。

田舎でヤンキーの原付が自転車の友達を引っ張ってやったりしていたアレだ。


「おおおお~楽~!」


後ろから来たカメに追い抜かれたヤマは


「カメ!てめえ、それはズルだろ!俺にもやらせろ!」


何が自信がある、だ。根拠のない自信はコレだったのか。


「いや~最後もうダメと思ったら頼もうかと(笑)」


にしては降参が早かった。

この後も代わる代わる引いてやって、

難所をクリアした彼らは富士山の見えるレストハウスに到着した。


「いや~助かったよな、ヤマちゃん!楽々で箱根越えができたぜ。ありがとう!」


ちっ!


多少昼飯には早いが、

こんなベストシチュエーションで飯を食わない理由もないので、

早めのランチとした。


「ん~、俺たちは運動するから高カロリーが必要だよな、

ただのカレーじゃたりねぇ、カツカレーだな!」


標高とともに値段が上がる「標高と物価正比例の法則」は箱根にも健在であり、

カツカレーはなんと2000円である。

そして、夕ご飯予算1人単価としても倍である。


俺はこの先も旅行を続けるのでランチは絶対1000円を越さないのだ、

かけうどんで結構。


てゆーか、お前ら途中から運動してねぇだろ!


「ん~、そんで俺らは自転車だからビールも飲めちゃうもんね(今はダメです@2022年)~、お姉さん、瓶ビール1本!すまんね~」


ぐぬぬぬ…、恩を仇で返すとはこのことだ。

歯ぎしりするほど悔しいが、ここで酒気帯び運転などできない。


「お前ら今日夜、酒切れたら自転車で買いに行けよ!」


「さぁそれはどうかな~その時はジャンケンじゃね?」


ニヤニヤしながら豪華なランチを食べるヤマとカメを横目に、

質素にかけうどんを食べながらこの後のルートを確認していた。


下りは早かった。


あっという間に駈け下り、西伊豆の海岸線にでた。

山道には慣れている、は嘘ではないようだ。

バイクとそう遜色ないスピードだった。


西伊豆の入り組んだ海岸線は故郷国東の海岸線を思わせるものだったが、

海はとても美しい。


夕方には土肥に着いた。

今夜の宿は海水浴場の駐車場である。

天気予報では雨の心配はないので、屋根は要らないが、気持ち、

高い木の葉陰にテントを張った。


ココがいいと思った1番の理由は酒の自動販売機があること。

よって23時までは酒が買えることと、コインシャワーがあることである。

ここは海水浴場の駐車場である。

よってシャワーは当たり前。


宿営地か川だと流れているのが真水なので夜中に入って身体を洗えるが、

海だと上がった後乾いてもベタベタなので、気持ちが悪い。


ここは海水浴場なのでシャワーがあって海の家もあり、サイコーである。



夕飯は近くのスーパーで調達するが、酒が切れて困ったら直ぐに調達できるのは助かる。


テント設営はヤマカメに任せ、夕飯の買い出しである。

今日は餃子とレトルトミートボールにミックスベジタブル、

カメが食いたいというピーマンを買った。


とうしても野菜が不足がちになる気がするので積極的に野菜を買おうとしてみる。

しかし取り置けないので食べ切りサイズなどを探すが、


田舎のスーパーではそんなものはなく、レタスどーん、キャベツどーんとかになってしまう。

色々ちょっとずつは難しいが、冷凍のミックスベジタブルなら食えるかなと。


「マズい」


カメが文句を言う。

ミックスベジタブルがマズいらしい。

自分でも思うが、冷凍品を解凍半ばにフライパンにあけ、

塩胡椒だけの味付けだと流石にマズい。


うーん、少し考えてレトルトミートボールを温め、

そのソースにミックスベジタブルをぶち込んだ。


「まあ食えるかな」


俺もそう思う。


デミグラスソースは偉大である。

という感じでいつも通り、グダグダと夕食の準備をしていると、

カワサキのアメリカンバイク、黒のエリミネーター250が1台ソロで入ってきた。


フツーは知らんぷりしておくのだが、

そのライダーは我々の野宿スペースの1台隣りに止まった。

珍しいので、じっと見ていたら、

そのライダーはバイクを降りて、テクテクとこちらに向かってくる。


フルフェイスの黒いアライのヘルメットを取った顔は驚くべきことに


女性だった…。

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