第6話 宇品港の未熟なオトコ

宇品港の波止場の突端にレンタカーのシティを停める。

心配していたが、宇品港には誰もいない。

よくいそうなヤンキーなどいたらとっとと帰ろうと思っていたが、安心した。


座れるところ…を探したが、船の紐をかけておくところ、ビットというのか、

1つしかないため、2人で座れない。

シティを海に向けてリアハッチを開け、そこに座ることにした。


広島に着いて会ったばかりの時はぎこちなくてなにも話せなかったが、

別人の様に色んな話をした。


高校の時の思い出、共通の友達、お互いの大学での出来事、サークルの友人…

話は終わりなく続いたが、家族の話になったときに、彼女の話が止まった。

表情が暗い。


何か地雷でも踏んだかと、話した内容を反芻するが、思い当たるところがない。

恐る恐る聞いてみる…


どうしたの?


彼女はかぶりを振って笑顔を向けたが、明らかに引きつった笑顔である。

何かがあったのだ。

しかしこの短い間に何があったのかは分からない。


話していたのは子供の頃、俺がどっちの親にも似てないね、

色が白いのが父親似というくらいかな、という話である。


何かマズいこと言ったかな?


彼女は頭を振って、うつむき加減にユックリと話し始めた。


「実は…昔大ケガをしたことがあったの。

目を強く打って、失明するかも、というくらいの大ケガを。」


そんなことがあったの?知らなかった。

お互い顔を合わせない。


彼女は何か大事なことを話そうとしているようだが、

私にはそれが何なのか分からない。


「うん…それでそのときに輸血する話になったんだけど、

家族の血液型は合わないって話になったの…」


え?でもA型とB型の両親からO型は生まれることがあるから、そういう事じゃないの?


言っては見たものの、この後の展開に、なんとなく悪い予感がした。



「私もそれは知っとるよ。でも何か違和感を感じてズッと覚えちょったの。

そして、中学生の頃やったかなぁ、市役所に行って自分で戸籍をとって調べたんよ。

そしたら…養女って…なってたの…」


絶句した…。


それ、本当の話なの?と聞こうとしたが、このタイミングで彼女が私に嘘をつく理由などない。

慎重に言葉を選んで問いかけなければ。


血液型が親と違う、物心ついた時から一緒、

戸籍上は養女、両親からは何も話されていない、

何を話せばいい?

何を?


唯一絞り出せた言葉がこれだった。



それ…お父さんたちに話したの…?


情けなくて涙が出そうだ。

それを聞いてどうするのか。


「ううん…言ってないよ……私の血の繋がってる両親って誰なんだろう…」


話の展開について行けない私はどう反応して良いのかオロオロするばかり。

気の利いた言葉を搾り出すことができない。


彼女の両親に会ったことはない。

しかし彼女の性格からして、落ち着いた正しいご両親であることは想像に難くない。

いつ本当のことを言おうかと悩んでいる優しいご両親が眼に浮かぶ。

こんな時、彼女を慰めればいいのか、元気付ければいいのか…。

混乱しながら彼女のうつむいた顔をみると、両目から涙がこぼれ落ちていた。


「ゴメンね、こんな話をするつもりじゃなかったんじゃけど…

この話、誰にも出来んで苦しかった…っ…」


こんなとき、包容力がある彼氏はどうすれば良いのだろう。

余りに経験値が足りなさ過ぎる…。


でも彼女がここまで何年も1人で苦しんでいたのは本当だ。

そして今、私に出来るのは…黙って頭を抱き寄せてあげることだけだった。


「うっ…うぅぅぅ…うっ…ゴメン、ゴメンね…うっ…うっ…。」


何だか若さに任せての夜の展開とかを考えていた不埒な自分自身が恥ずかしくなった。

脳内なので誰に何を言われるわけもないが、自分自身には嘘をつけない。


こんなに自分に弱みを晒してくれる人がいる。

誰にも話せなくて1人で苦しんでいたことを打ちあけようと思ってくれる、

つまりは俺のことを信用してくれている人がいる。


それに俺は応えられているのか、深く反省した。

私は彼女に相応しい人間なのか…?


泣き止まない彼女を連れて、シティに乗せアパートまで送った。


私は…、泊まるところがない。


今考えれば市内の格安ビジネスホテルにでも泊まれば良かったのだが、

金もないし、23時過ぎから電話で宿を探すのも面倒だ。

結局、宇品港に行ってシティの運転席を倒して寝ることにした。


明日は宮島の予定だが、どんな顔をして彼女を迎えに行けば良いのか…。

寝付けないのは、シティの硬いシートのせいだけではなかった。

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