第5話 広島ナタリー

暑い夏の日、いかにもバイクでツーリングをしていますっ、

といった風情の私は、赤白のめでたい格好で彼女を待っていた。


程なくして彼女がやってくる。

高校でテニス部だった彼女は日焼けで真っ黒だったが、

1年余り経過して少しだけ色が薄まっていた。


おかっぱの様なヘアスタイル、ボブというのか…変わっていない。


「よく来たね、遠いところをありがとう!暑いのに良くバイクで来るなぁ、スゴい!」


話している内容は元気良さげだが、明らかに伏し目がちではにかんでいる。

私も同じく真っ直ぐ見ることができない。


恥ずかしい…。


でも会って話したいことは沢山あったはずなのだ。

なのに会った瞬間、話したいことが吹っ飛んでしまって頭は真っ白だ…。


いや、そちらこそありがとう。

そろそろお昼だから、学食で昼飯でも食べながら明日明後日のことを考えよう。


そう、広島には2泊3日の予定なのだ。

レッドホライズンのオレンジのリュックと、デカいウエストバックを担いで、

オフロードブーツでガコンガコン言わせながら学食を闊歩する私に、

周囲は明らかに違和感を感じている様だった。


が、気にすることなく向かい合ってA定食を食べることにした。


遠距離恋愛なので、いわゆる彼氏的なことはやってあげたことはほぼ無いし、

同郷なことから帰省時にデートらしきことをするくらいなので、

いわゆる本格的なデート、は今回が初めてなのだ。


実際に遊べるのは今日の午後から明日一杯なんだね。

明後日は…ダメなんだよね?



「ゴメンね、明後日からは学部のフィールドワークが始まるんで、

遊べんくなるんよ。ホントにゴメン。せっかく来てくれたのに。」


だいぶ慣れてきて、お互い笑顔で顔を見て話せる様になってきた。

彼女は教育学部心理学科なのでフィールドワークとかがあるらしい。

私のア法学部とは違う。


じゃあ仕方ない。

限られた時間で目一杯楽しむことにしよう。

まず今日の午後はナタリーに行って遊ぶ。明日は宮島、で良いよね?


日本一周の話が出て、何度か電話で話して決めておいたルートだ。

彼女にも異論はない。

ナタリーというのは広島にある遊園地である。

九州でいえば城島高原、関東地区では花やしきの倍?もっと大きいか…。

ともかく広島の若者の王道デートコースの1つである。


「うん、ほじゃけど、荷物があんなに載っとるバイクで2人乗りで回れるん?」


大分人のはずだが、広島の影響度はスゴい。

1年半の間に彼女は完全に広島県人になっていた。

電話では広島県人度をそこまで感じなかったのだが、

実際に会うと違和感を通り越して感動すら感じた。


バッチリ広島弁だ。


そこは任せてくれ。

君を暑い中バイクで連れまわすなんてしないよ。

レンタカーを借りよう。荷物もおいて置くところがないから、

レンタカーがちょうど良いんだ。

今から2泊3日でレンタカーを借りておいてソレを起点にしよう。


「なるほど、それはアタマええね」


君のアパートにはクルマ停めておけるようなスペースが近所にあるかい?


「うーん、クルマは無理だなあ。でもバイクなら大丈夫だよ。」


ドキドキする…いま私は彼女の部屋に行くよ、と言っている訳だ。

妹、従姉妹以外の同世代の女の子の部屋には行ったことはない。初めての経験なのだ。


じゃ、じゃあ、クルマを借りる前に君の部屋に行こう…。

顔を赤らめながら言い放ったが、彼女には気付かれなかったろうか。


「いいよ!でも…ま、いいか。行ってから話すね。」


そうと決まれば心ははやる。


一応、学内生協の窓口でレンタカーが借りられることを確認し、大荷物を持ったまま、

彼女は自転車、私はバイクで彼女の部屋に行くことにした。

大学からほど近い場所に彼女のアパートには直ぐに着いた。

アパートの前にバイクを停めると、先ず彼女に言われたのは静かにすること。



ともかく静かに階段を上がる。

オフロードブーツで音を立てずに鉄製の階段を上がるのは骨が折れた。

彼女は周りを伺いながらサッと2階の自分の部屋の扉を開けて、手招きをした。


不思議に思いつつ、スルリと中に入るとカーテンを閉め切っている部屋は

少し薄暗くていいにおいがした。


「お茶いれるけん、そこに座っとって。紅茶と緑茶、どっちがいい?」


あ、じゃあ緑茶で。

暑いってのにホットかよ、とツッコむ心の余裕はない。

初めて彼女の部屋に入ったことで舞い上がってしまっていた。


しかし…


「あのね、さっき言わんかった事なんじゃけど…実はこのアパート、男子禁制なんよ。」


ええぇっ!


じゃ、じゃあ今これ入っちゃいけないところに入ってるってこと?


「まあそうなるね、

隣のお姉さんとか彼氏を夜に連れてきて泊めよったりしたんじゃけど、

アパート住人から苦情がきて大家さんに追い出されてた。

でもまあ夜じゃなくて、短時間なら大目にみてもらえるみたい。

だから長居は出来んのんじゃけどゴメンね。」


がーん…話を上手く持って行って彼女の部屋に泊めてもらえたりしたら、

今後のムニャムニャムニャな展開が…とか実は不純なことを考えていた

私のココロはポッキリと折れた。


その後は部屋で何を話したか覚えていない。

大学2年生のオトコの子のココロはガラスでできている。


30分ほどいただろうか。


長居はできないと最初にクギを刺されているので、早々に退散することに。

ああ…何だかココロにポッカリと穴があいた様だ。

いや。まだ始まったばかり、挽回のチャンスは必ずくる!


そう自分に言い聞かせて大学生協に向かった。


自転車とバイクは大学の駐輪場に置いたまま、レンタカーの本田シティに乗り込む。

理由はレンタカーで1番安かっただけだが、

通常、地元の大学でのマイカーが本田トゥデイの私としては格上なクルマな上、

普通車でエアコンがちゃんと効くのがありがたかった。


バイクで見れば大量の荷物も、普通車の荷室には楽勝で収まるサイズだった。


気持ちを切り替えて、彼女と一緒に遊園地、ナタリーでデートを楽しむことにする。

通常は1日で使って良い金額をガソリン別で1000円までと決めていたが、

今日は散財していいとリミッターを外す。


外したからにはジェットコースターに乗るのに500円という金額を、

鶏肉のグラム数やカルちゃん餃子のパック数で換算してはならない。


彼女はとても楽しそうだ。私は遊園地が楽しい、

というよりは楽しそうにしている彼女を見るのが楽しい。一緒に来て良かった。


ジェットコースター、カップソーサー、ソフトクリーム…王道を次々とこなしていく。

いつまででもいれるような気がしたが、閉園の時間となってしまった。


夕飯はロードサイドのロイヤルホストで食べた。

学生には過ぎた高級レストランだが、

今日はそういうことは考えない。


1年に一度あるかないかの日なのだ。


夕飯を食べるとやることがなくなった。

でもまだ帰りたくはない。

彼女の部屋には…泊まれない。

貧乏学生がそんな時に行くところは決まって空港か港である。


理由はたいてい夜景がキレイだから。


広島市内には宇品という港がある。

路面電車も通っているので名前は知っている。


夜来たことがなく、夜景や治安など事前の情報を持っていない。

彼女に聞いても夜に港に行ったことはないという。

不都合があれば別のところに行けばいいと決め、宇品港に向かった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る