第4話 彼女に会える!

暑い…テントの中の気温が上がって寝ていられない。

時計を見ると朝6時だ。


前室のチャックを上げて、野原に出ると朝がたの爽やかな風が吹いていた。

テントから出て最初に見る景色が青空で地面が乾燥していることに感謝する。

ベンチの隣にある水道を使って顔を洗う。

きれいな水がふんだんに使えるということに感謝する。

普段のアパート生活ではこんな事に感謝はしない。

本当にありがたい。


ラジオをつけてNHKを聞く。

NHKだけは大概のところで良好な受信状態だし、定時に必ずニュースがあることに安心する。

朝のニュースには天気予報もついていることが多い。

これまた重要な情報源だ。


夏休みの朝といえばラジオ体操だ。

ちょうどこの時間に始まるので、健康的に身体を動かす。

同時に身体のどこかに変調がないかも確かめる。


痛いところおかしいところ。一日中座ったままで移動している訳なので、

同じ姿勢を強要される。

立ったり座ったりもするが、基本的に座りっぱなしなので、コリもでる。

まんべんなく身体を動かすことは大事なことなのだ。


朝食はちゃんと食べる。

ストーブを点けてお湯を沸かす。

昨夜の飯盒の中のご飯の残りに昨日仕入れた味噌汁の元を入れてお湯をいれると、

味噌雑炊の出来上がりだ。


断じて猫まんまではない。

もう一度言う、断じて猫まんまではないのだ。


野宿では本来、きれいな水は貴重なので使用は最小限にとどめたい。

こうやって飯盒に味噌汁を加えるとご飯粒まで綺麗に食べられるのだ。

下洗いレベルまでイケる。


自宅から卵ケースに入れて卵を6つほどチョロまかしてきた。

これを使って折りたたみのフライパンを開いて、今朝は豪華に目玉焼きを作る。

塩胡椒も小分けにして持ってきた。

これをパパッと振って、醤油をかければ他にはもう何も要らない。


野宿の調味料は醤油と塩胡椒だけで良いと俺は強く思うのだ。

ここまでで起きてから約1時間。

食べ終わって残りのお湯でインスタントコーヒーまで作って飲んでいる。

アパートの自宅の朝よりも充実している。


食事が終われば荷物のパッキングにかかる。

どこに何を入れるかはもう決まっているので、無駄なく手際よく進めていく。

とはいえ、すべての準備が整うと既に日は高くなり、9時前頃になる。今日も暑い。


2日目は彼女の待つ広島だ。

山口と広島は隣であり、広島市内にある彼女の大学まではせいぜい3時間も走れば着いてしまう。


実は少し気にしているのは格好だ。

今のいでたちはラフ&ロードの赤いジャケットに、クシタニの白赤オフロードパンツと赤いオフロードブーツだ。

どう見ても彼女をデートに誘う男の格好ではない。


小汚い格好ではあるが、これが野宿ライダーの正装でもある。


実はコレ以外の替えはGパンにスニーカーくらいしかないので、大して変わりはしない。

何よりこの格好は交差点でガラスのショーケースがある店先などで止まると、

アライのオフロード用ヘルメット、赤白に塗ったMX-2とSWANSの白ゴーグルと相まって、

我ながら惚れ惚れする程、キマッているのだ。


今更気にしても始まらないだろう?


自分で自分に言い聞かせ、一夜を過ごした展望台に別れを告げ、

砂利道をトコトコと走り出す。


この様な田舎の道は交差点が少なく、

タンクバック上のクリアカバーからみえる地図では迷うこともない。


しかし都会になっていくとドンドン道が複雑になっていく。

地図の縮尺から次の交差点まで大体の当たりをつけ、

何ステップかを記憶して、トリップメーターと見比べて進むやり方は田舎道ではバッチリだが、

都会に入ると役に立たない。

初見の道を地図を頼りに複雑な街の中の道を走るのは結構骨の折れる作業だ。


しかしそんな苦労は何とも思わないくらい、僕の心はアガッていた。


なにせ数ヶ月ぶりに彼女に会えるのだし、

行ったことのない一人暮らしの彼女の家に来てもいいと言われているのだ。


アガらない方がおかしいだろう?


しかし秋吉台や阿蘇の林道と比べると迷路の様な広島の街だ。

更に広島市内には熊本と同じ様に路面電車が走っていた。

初めて走る街の道に路面電車は些かハードルが高い。


路面のミューが舗装路、石畳、線路と激しく変わるし、

普通の道路ならありえないレベルの溝が当たり前の様に道のど真ん中にあるのだ。


クルマと違い、タイヤの細いバイクには難敵だ。

しかも荷物を山の様に積んでいる。

交差点で停まる度、奇異の目で見られている気がした。


ま、気にしないが。


実は行き先は市内でもシンボリックな大学なので、手持ちの地図を使い、

各所に案内もあったので実際には迷うことはなかった。


大学の学食に着いたら電話することになっていた。

市外局番から回さなくて済むという事実に、

本当に彼女が住んでいる街まで来たのだと実感する。


学食の駐輪場に大荷物を持った、

目立つ赤白の格好をしたヤツがいるから、それが俺だと彼女に告げ、

自転車でくる彼女を待つことにした。

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