第33話

 はぁ……

 どうしようもない男だが、さすがに目の前で死なれては夢見が悪い。


 この距離なら、一太刀で魔物の首を落とすことも可能だ。

 そう思い、私は腰の剣に手をかけたが、なんと、ライリーがそれを制止した。


 彼は、一歩前に出て、エグバートに問いかけた。


「……エグバート長官。地下倉庫の聖女様の遺体は、丁重に弔ってくれましたか?」


 エグバートは、『なぜ今そんな話をする』といった顔で、叫んだ。


「そんなもの知るか! 血で汚れた死体なんて、僕がわざわざ触るわけないだろう! あとで、適当な奴に処理させればいい!」


 その言葉で、いつも快活で、明るかったライリーの瞳に、サァッと暗い影が落ちたような気がした。ライリーはさらに一歩前に進み、鞘に収まっていた自らの剣に手をかける。


 魔物は慌てて、エグバートの頭を強く締め付けた。


「おい……それ以上近寄るな……本当にこいつの頭を握りつぶすぞ……」

「やめろおおおおぉぉ! おい、そこの馬鹿騎士! くるな、こっちに来るな!」


 ライリーは魔物の忠告を無視して、さらにもう一歩、前に出る。

 その瞳は、驚くほど冷たく、静かな怒りに満ちていた。


「彼女は本物の聖女ではなかったけど、彼女なりに頑張ろうとしていたし、人を思いやる優しさがあった。私は、あの人のことが、好きだった。あんたが余計なことをして、偽物の聖女なんかにしなければ、少なくともあの人は、罪の意識と恐怖におびえて、自殺するようなことはなかっただろう……」


 少しも引く気配のないライリーに気圧されたのか、感情の見えなかった魔物の顔に、初めて狼狽の色が浮かんだ。


「おい、人間……最後の忠告だ……それ以上一歩でも動いたら、こいつを殺……」


 魔物が言い終える前に、ライリーは歩きながら、剣を抜いた。


 巨大な魔物の手に力が込められたのが、離れたところから見ていても良く分かった。閉じられた手の中で、エグバートの頭は、トマトよりもたやすく砕け散る。彼の最後の言葉は、『ぺょ』という、奇妙な叫びだった。


 そして、頭のなくなったエグバートの体を魔物が捨て去り、戦闘態勢を取るよりも早く、ライリーは魔物の首をはねる。悲しみと怒りのこもった、鋭い一撃だった。……彼が本当に切りつけたかったのは、魔物の首ではなかっただろうが。


 それで、王都ガストネスの動乱は、完全に終結した。

 誰一人として、ライリーの行動を責める者はいなかった。



 それから数ヶ月間、私と兄さんは都に留まり、魔物の攻撃でボロボロになってしまった町の復興に協力した。


 普段はのほほんとしている国王陛下も、自分が聖騎士団長官に任命したエグバートのせいで、町に大きな被害が出たことを大変重く受け止めているようであり、以後、聖騎士団の長官は、王都の民による投票で選ばれることになった。

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