第34話

 そういうわけで、今日。

 ヘンリアム聖王国始まって以来の都民投票で、エグバートの後任の聖騎士団長官が決まった。


「はぁ……なんでこんなことになっちゃったんだろう……」


 私は今、聖騎士団長官室の無駄に豪華な椅子に座り、頬杖をついて、ため息を漏らしていた。


 そう、驚くべきことだが、他の騎士団員を差し置いて、私が聖騎士団長官に選ばれてしまったのである。数ヶ月前の魔物たちの大侵攻の時、一般市民の姿はあまり見えなかったが、皆、安全な所に隠れながら、私たちの戦いを見ていたらしい。


 都の皆さんは、先頭に立って新米の騎士たちの指揮をする私を見て、『彼女こそ聖騎士団をまとめるリーダーにふさわしい』と思ったそうだ。私はただ必死だっただけで、とても人の上に立つ器じゃないと思うんだけど……


「はぁ……」


 本当にこのままでいいのだろうかという思いから、またしても、自然と口からため息が漏れる。


 憂鬱そうな私を見かねた兄さんが、すぐそばに来て、私の肩に手を置いた。……兄さんは、動乱での獅子奮迅の戦いぶりが認められて、今では正式な聖騎士団員であり、最も近くで、私の補佐をしてくれている。


「どうしたんだ、ローレッタ? さっきから溜息ばっかりついて」


「うん……私みたいに、分不相応な者が聖騎士団のトップにいることで、また動乱が起こったらどうしようって思って……」


「なんだ、何を悩んでるのかと思えば、そんなことか」


「そんなことかって……重要なことじゃない」


 兄さんは私とは対照的に、あっけらかんとしており、静かに、諭すように言う。


「いいか、ローレッタ。分相応か分不相応かは、本人ではなく、周囲の人たちがその働きぶりを見て決めることだ。あのエグバートは、明らかに分不相応な聖騎士団長官という立場に、自分では分相応だと思って就いてしまったから、数ヶ月前のような悲劇が起こったんだ」


「…………」


「町の人たちから、『この人なら長官にふさわしい』と思われて選ばれたお前は、皆の信頼を受け止めて、前に進んで行くべきなんじゃないか?」


「皆の信頼を受け止めて、前に進んで行くべき、か……うん……確かに、そうかもしれないわね……」


 どんな経緯であれ、選ばれた以上は、人々の信頼や期待を裏切ってはいけないのかもしれない。私の中に、ようやく現在の立場を受け入れる覚悟のようなものが、芽生えた気がした。


 兄さんは私の肩に手を置いたまま、力強く言う。


「俺も、出来得る限りの手助けはさせてもらうよ。……お前さえよければ、これからも、一番お前の近くで」


 兄さんの大きな手に、なんだか熱がこもったような気がして、私は兄さんの顔を、じっと見た。その表情は真剣であり、私は思わず、言おうとしていた台詞を飲み込んでしまう。

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