第32話

 それから、納得したように頷き、しみじみと言う。


「しかし、なるほどな。そういうことならなおさら、神の啓示によって選ばれた『聖女』を、簡単にクビにしたり、新しい娘を連れてきたりしちゃ駄目なわけだ。……あの傲慢なエグバートも、親戚の子が死んだのは相当堪えただろうし、改心してくれるといいんだがな」


 だが、兄さんのそんな思いは、見事に裏切られた。


 エグバートは、聖騎士団の長官室に、私と兄さん、ライリー、そして、自身の護衛をさせていた五人の騎士を呼び出した。豪華な椅子にふんぞり返ったエグバートは、すっかりいつもの調子を取り戻し、ぺちゃくちゃと嫌味を吐き出している。


 あまりにも聞き苦しいので適当に聞いていたが、彼の言うことを要約すると、『貴様らを聖騎士団長官に対する不敬罪と命令違反で処罰する』とのことらしい。


 くだらなすぎて、どう返事をすべきか迷っていると、戦いの影響で割れたままになっていた窓から、突然何かが入って来た。


 飛行型の魔物だ。


 ほっそりとした体に、黒い翼。

 そして、カラスに似た顔をした不気味な容貌。


 細身ではあるが、手は人間より倍以上大きく、その握力は獣を遥かに凌駕する。


 魔物は、警戒する私たちには目もくれず、隙だらけのエグバートの背後に回り、左手で彼の体を押さえ、右手で頭を鷲掴みにした。


 思ってもいなかった強襲に、「はひいいぃぃ!?」と悲鳴を上げるエグバート。その悲鳴に重ねるようにして、魔物はたどたどしい言葉でしゃべりだした。


「グゲ……グゲゲ……まだ、戦い、終わってない……こいつ、お前らの、ボスらしいな……こいつ、殺されたくなかったら、その女、どこかにやれ……そいつがいると、おれたち、ちから、出ない……」


 この部屋に女は私一人だ。だから『その女』とは、私のことだろう。

『聖女』の存在が魔物を弱体化させるというライリーの話は、どうやら真実のようだ。


 魔物の巨大な手で頭を鷲掴みにされたエグバートは、今まで聞いた中で一番の金切り声で、叫んだ。


「何してる! お前ら、早く僕を助けろぉ! この、汚らしい魔物を殺せ! ぼおっとするな! ノロマども!」


 その、あまりのやかましさに、私たちより魔物の方がイラっときたらしい。右手に力を込め、凄味のある声で脅しをかける。


「お前、うるさい……少し黙れ……」

「あがががががががが! いだっ! やめっ、頭っ、潰れっ……!」


 魔物としては、少し力を込めただけなのだろうが、エグバートの顔は真っ赤になり、頭蓋骨のきしむ音がここまで聞こえてきた。

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