第17話 柊さんは強い

「始めッ」


ガアンッ


同時に頭部に衝撃を食らう。口から空気が吐き出される。


ゼロ距離の位置に柊さん。彼の木刀が僕の頭に振り落とされていた。「リンク」だ。その強力な一発に上体が前のめる。


先手必勝。


それが来ることはわかっていたが、こんなにも反応できないとは。


追撃が来る。左の肘打ちだ。的確に頬に打ち込まれる。痛みと共に体が後方に倒れる。たった2撃でこのざまか。一度木刀を振るうことすらさせてもらえない。呻きが漏れる。


早く立ち上がらないと。だが、更なる追撃は来なかった。柊さんは静かに僕を見下ろしていた。


「小桜君。正直に言って、能力ありなら君に負けるとは思えない。今の君相手の訓練なら、俺は能力なしの方が良くないか?」


げほっ


と咳が出るが、僕は立ち上がる。


「ダメです。それじゃ、意味がないんです」


柊さんに強く目で訴える。彼は黙っていたが、やがて


「そうか」


とだけ呟き、地を蹴った。


 柊さんから距離を取っても意味はない。彼の「リンク」は距離を保つ意味を無効化するのだから。


ここは近接戦で勝つしかない。


柊さんが常用するダガーなどの短刀、短剣は斬撃より刺突に向いている。斬っても、長さがない分てこの力が効かず、威力が弱い(にもかかわらず初撃があんなに強かったわけだが……)。


更に防御にも向かない。単純に刀身が短いため、カバーできる範囲も限られるからだ。とにかく刺突に特化した武器。柊さんの場合は「リンク」で一気に距離を詰められるから斬撃に使うことも可能だが。実際、柊さんとエマ君は任務の時、刺突も斬撃も好むらしい。


それに対し、僕が今使っている木刀は長さ1メートル程。普段の剣もほぼ同じ。こちらの方は攻守ともに優れているタイプ。刺突より斬撃に使われることが多い。


つまり、僕の斬撃と柊さんの刺突が同時に放たれた場合、リーチがある分、僕の方が有利だ。


柊さんが走り来る。やはり「リンク」は使ってももらえないのか。木刀を構え、僕も彼に向かう。


彼に木刀が届く距離に入る直前、小さく振りかぶる。今までの僕は振りかぶりすぎて相手に出遅れていた。小さい振りかぶりでも威力は落とさない一撃を彼の頭部目がけて放つ。


が、するりと身を躱される。華麗だ。左からわき腹に刺突が来る。防ぐことも躱すこともできずにもろに食らう。


「かはっ」


体が横向きに九の字に曲がる。うずくまりそうになるのを必死に堪え、木刀をそのまま横に振って彼の後頭部を狙った。


しかし、その時には彼の姿がない。


背後だ。


と思った瞬間、背中に蹴りが入った。うつぶせに倒れそうになるのをまたも必死に足を動かし回避する。


すぐに体勢を整え、再度彼に向き直る。攻撃を受けた部位がじんじんと痛む。だが、まだ負けてない。木刀に力をこめ、柊さんに再び斬りかかる。


 しかし、その後も僕の攻撃は全て避けられた。かすりもしない。代わりに柊さんの木刀、拳、蹴り、頭突きが僕の身体に所かまわず放たれる。もうどこに何発食らったのかわからない。全身がひどく痛む。


それでも振るった木刀を躱された後のみぞおちへの刺突で、一瞬意識が飛ぶ。気付けば、僕は遂に地面に倒れこんでいた。


はっとして立ち上がろうとするが、痛みがそれを拒絶した。そこに、柊さんが僕の腹部に片足を置き、顔を覗き込んできた。


「いい加減諦めろ。俺は初撃以外『リンク』を使っていないぞ。それでもこうなるんだ。もう充分わかっただろう。キャンプ地に帰って鍛え直せ」


ぐっと唇をかみしめる。彼の足を腕で強引に払いのけ、無理やり立ち上がる。柊さんは呆れたような顔をしていた。一度空気を吸い込み、止める。


彼の今までの動き、詰め込んだ資料の情報を反芻し、融合する。脳をフル稼働させる。


止めるな。

勝つんだ。

勝って、認められるんだ。

に、なるんだ。


一気に彼に詰め寄る。木刀をまっすぐ振り上げる。それを柊さんは避ける。



ここまで全部左だった。木刀の軌道を素早く直角に曲げる。彼の側頭部に、当たった。柊さんは頭を振ったが、それを躱しきれなかったのだ。


そのまま追撃する。左に流れていく木刀を切り返し、上体がぐらついた彼の右の脇腹を真横から打つ。これも当たった。手ごたえもいい。


柊さんは2,3歩ふらついた後、踏ん張ってこちらを凝視した。


堅海さんの資料によれば、柊さんは連続で攻撃を受けたことがおそらくない。「リンク」があるからだ。でも今は、僕が相手だから油断してそれを使わなかった。


「好機を逃すな」


内空閑さんに再三言われたことが脳裏によみがえる。今なら、動揺しているはずだ。


僕はそのまま彼に突っ込む。彼も刺突を腹部に狙ってくる。


それを見切り、彼の木刀を木刀で払い、そのまま柊さんの喉を勢いよく突いた。


そこは急所だ。


彼の体が後方に飛ぶ。何とか体勢を保った彼の顔にはもはや表情がない。


でも、確実に焦っている。そう感じた。焦った彼がすること、それは―――


直後、僕は木刀を逆手に持ちかえ、後方を見ずに脇下から後ろに木刀を突き刺した。


確かな手ごたえがあった。


焦った彼がすること、それは確実に、背後への「リンク」。それが一瞬でなされるものなら、その一瞬より早く動き始めて間に合わせる。


木刀を引き抜き確認すると、そこにはやはり柊さんの姿があった。


今の攻撃を腹部に食らい、膝をついている。


今だ。


「リンク」で逃げられる前に。


振り向く動作のまま木刀を彼の頭に振るった。


その瞬間、目の前に、コンポジット式の柱があった。




あとがき

コンポジット式がね、かっこいいんです。

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