第18話 小桜は

 衝撃音がした。


目の前まで迫ってきていた小桜が「リンク」で前方の柱の直前に瞬間移動させられ、勢いそのまま激突した。彼は頭でも打ったのか静かだった。それを追う余裕は悔しいがない。


俺は腹と喉を押さえ、乱れた呼吸を必死に整えていた。


なんという強力な攻撃。


それに、俺の速さ、動きに小桜は明らかに慣れていた。おまけに俺の「リンク」すら先読みし、それに合わせてきやがった。そんなことをしてくる奴は初めてだ。俺の「リンク」が通用しなかったなんて。


「最弱から始まる成長率の高い主人公」


まさに今この瞬間、俺との戦いの中で彼は凄まじく成長しているのだ。この短時間で。


まるで獅子のようだった。その目は、小さな小鹿を狩る者の目だった。


狩られる側の恐怖。


それを初めて味わった。


食らったのは4発。しかも連続で同じ相手に。そんな失態が今まであっただろうか。


「っふ……」


へそに力をこめ立ち上がる。このまま負けるわけにはいかない。柱の前で倒れていた小桜も立ち上がるところだ。


どうする。


また「リンク」は読まれるかもしれない。そんな相手などいないと思っていた。実際、今までいなかったのだから。



「でも、そういう相手への対策も考えておかなきゃね」



脳内に、ふとその声が思い起こされた。彼女は続ける。



「そう思って、いくつか案を考えておいたの」



それは、あの桐ケ谷隊長だった。いつかの作戦会議の時のことだ。俺は反抗した。


「必要ない。そんな相手はいない」

「でもわからないでしょ? 相手の能力を読み取る能力者、とかもいるかもしれないし」

「いたとしても問題ない。俺なら勝つ」

「どうやって?」

「それは……何とかなるだろ。その場の流れだ」

「もう。いつかためになるから、聞くだけ聞いてくれない? 私の考えた作戦」


その後隊長は何と言っていた? 思い出せない。俺は怒ってその場を立ったのかもしれないし、聞き流したのかもしれない。


にもかかわらず、そのが来てしまったわけだ。


しかし、大丈夫だろう。俺なら勝てる。俺にはエマという仲間がいるのだから。精神的に彼に支えられている今の俺は、強い。


こちらに向かって立ち上がった小桜の目を、まっすぐ見返す。


「少々見くびっていたみたいだ、君の能力を」


腰を落とし、木刀を構える。


「要望通り、能力を使わせてもらう。それで勝負だ」


言った途端、小桜の目に更なる光が宿ったように見えた。ただのドМか、はたまた羽化中の強者の輝きか。


小桜も構えた、その瞬間。


「リンク」


振るった木刀と彼の左脇腹の距離をゼロにしたつもりが、その間には既に小桜の木刀があった。


また読まれたのだ。木刀と木刀が激しくぶつかる。小桜が歯を食いしばっている。


その左頬に、木刀を振るった勢いのまますかさずハイキックを叩きこむ。彼の体が横に飛んでいった。


「……あ」


思い出した。



「『リンク』を見切った相手でも、防げるのはせいぜい一発目だけ。だからそこで一気に二発目を入れるのは絶対よ。柊の速さならできる」



隊長はそう言っていた。全く覚えていなかったのに、身体がその通りに動いていた。


何だこれ。


 考える間もなく、小桜がまた向かってくる。その勢いに圧され「リンク」を使うタイミングを逃した。ここは普通に捌く。


小桜は怒涛の連打をかましてきた。手元、頭、腹、と思ったら肩からの足元……もはやメッタ斬りである。しかも、先ほどより数段も速い。


こちらは防戦一方になり、攻撃を仕掛けられない。


こいつ、今この瞬間も成長しているのか。


左頭部から右頭部への切り替えしが来た。左を防いだ際に足元がおぼつき、右への打突を食らった。


小桜の目が光る。


追い打ちが来る。


と思った瞬間、「リンク」で背後に。


が、それに小桜はついてきた。想定済みということか。



こっちもだよ。



小桜が背後を振り返った瞬間、2回目の「リンク」で彼の背後を再び取る。彼が背後に放った突きが空を切った時には、俺は小桜の背中に思い切り木刀を突き立てた後だった。



「『リンク』についてこようとした人でも、何回も連続でついてはこれないよね。だから豪華に連続『リンク』っていうのもアリじゃない? リンクコンボよ!」



ああ、そうだったな。その通りだよ。隊長。


 俺は、それを認めざるを得なかった。今の俺は、他でもなく隊長に支えられている。


俺の隣にエマがいることはわかっていた。


では、逆隣には誰がいる?


いや、そこには誰もいない。


その代わり俺たちの後ろに、君はいたんだな。隊長。


俺たちは後ろから、彼女に支えられていた。


俺の仲間はエマだと、エマだけだと思っていた。


でも違った。もう一人、とても頼れる仲間、現在進行形で頼っている仲間がいたのだ。なぜ気が付かなかったのだろう。


 小桜が前方で倒れたのを確認してから、俺は場外にいる彼女を見た。彼女は両手を握り、不安そうにこちらを見ていた。その目と目が、合う。


その時、視界の端から声がした。


「柊さん」


俺はゆっくりと顔を戻し、彼に向き合う。


「これはただの合同訓練なんかじゃない。僕にとっては、今までで一番の大勝負で、絶対に逃がせない好機なんです」


その目には未だ闘志が燃えている。小桜は深呼吸を一つして、全身に力をこめる。ゆらりと木刀の先を俺に向けた。


「だから、絶対負けません」


俺も木刀を構え、彼の目から目を離さない。


「ああ、俺も負けない」


次の瞬間、2人は同時に動いた。


 

 俺の刺突を小桜の木刀がいなし、そのまま頭部に向かってくる。それを膝を折って躱し、片足に重心をかけて、もう片方で彼の足を払う。小桜が前につんのめったところで、後頭部に左の裏拳を入れたはずが、彼はつんのめるのにあらがわず、むしろ自分から地面に飛び込むことで避けた。


地面に伏せる彼に木刀を突き立てるが、それを転がって回避され、木刀は地面に刺さった。それを抜こうとする一瞬、彼は両手を地面について、かがんでいる俺の側頭部に蹴りを入れた。もろに食らう。さっきの俺のハイキックをまねたのか。


小桜はそのまま立ち上がる。俺も木刀を抜きとり、構えた。


 再び斬り結ぶ。


もはや、能力なしでの斬り合いでは小桜は俺に引けを取っていなかった。その狂気じみた成長の速さは、主人公というより人外の何かに思われた。


斬り合いはしばらく続いた。どちらも一歩も引かない。


俺はあまりの苛烈さに「リンク」を使う余裕がなかった。「リンク」の使用にはある程度の集中力がいるため、斬り合いに集中力が全て使われている今は、同時に「リンク」を使えない。


小桜の連打を躱しきれず、最後に頭に振ってきた斬撃をとっさに左手で受け止める。衝撃が肩まで伝わる。


俺はそのまま彼の木刀を力強く引っ張って奪い取り、「リンク」で場外に飛ばした。「あ」と声を漏らす小桜のみぞおちに木刀を突き立てようとした瞬間、


彼の目が光った。


小桜はマントに隠れて見えなかった腰からもう一本、俺と同じサイズの小さい木刀を取り出したのだ。


彼女の声が聞こえる。



「でもやっぱり」



彼は高く跳んで俺の刺突の軌道を避け、上から俺の頭頂部に木刀を強かに打ち付けた。目の前が一瞬真っ黒になる。それでもまだ倒れない俺にとどめを刺すべく、小桜は追撃を放つ。視界がぼやける。




「一番は『リンク』を使えないと相手が思って油断する状況を作り、その意表を突くことよね」




小桜の刺突が俺の額にあたる直前、彼が勝ちを確信した瞬間、俺は目を見開き、


彼の背後に「リンク」した。


渾身の「リンク」発動である。


そのまま初撃の強打より強い一発を、追いついてこられない小桜の後頭部に叩きつける。



小桜は倒れ、動かなくなった。


アオさんが宣言する。



「小桜君、戦闘不能。よって柊君の勝利」





あとがき

今やっとコンテストに出す用の小説全部書き終わりました。最終日の14日まで投稿します。お楽しみに!

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