第16話 気に入らない
「知っているか、堅海」
「何をです?」
内空閑殿は読めない表情で訊ねてきた。まあアルパカだからな。そもそも表情筋がないのか。
私は彼を一瞥し、また資料を読み進める。
「最近の隊長、随分と勉強熱心で訓練熱心だ」
「……そうですか」
「気合が入っていて良い。柊との一騎打ち、もう来週だからな。当日はあんたも見に来るんだろう?」
「まあ。彼の実力を確かめるための一騎打ちですから」
「そうか」
と満足そうな声で言い、内空閑殿は煙草を咥え「火、頼む」と顎を突き出してくる。舌打ちしそうになるのを抑え、彼のライターを机上の小箱から取り出す。目の前の煙草の先に火をつけてやると、アルパカは口をもごもごとし、「有難い」と言った。ライターを小箱に放り、再度書類に目を落とす。
無性にいらいらしていた。
「堅海さん、この資料ありがとうございました! 参考になりました」
と言って、小桜殿が先日渡した資料を自室まで返しに来た。
「それは良かったです」
と受け取ると、小桜殿は「あと可能でしたら……」と口を開き、瞬間移動能力持ちのボツキャラ相手の任務報告、ダガー使いの弱点資料、剣の独特な使い方例資料などはないかと訊ねてきた。
「後で探しておきます」と言い、早いところ退室を促す。彼も長居せず、すぐに出ていった。
一人になった部屋で、静かに目を閉じ、額を片手で抑える。
昨日も、一昨日も、その前も、小桜殿の部屋からは遅い時間まで灯りが漏れていた。
それを見る度、眉間にしわが寄った。
次の日は、彼が内空閑殿の召喚獣を相手に訓練しているところを偶然見かけた。
何度弾き飛ばされても、何度「負け」を宣告されても、彼はその度に立ち上がってはまた召喚獣に立ち向かっていった。
今の小桜殿はほとんど任務に出向かせられないレベルなので、彼の戦闘を見るのは訓練時のみだった。だが、「スカラー」として彼の力量も把握しておくべく、私は彼の訓練を時々観察していた。つまり、別に長らく彼を見ていなかったわけではない。
それなのに、もう随分と時が経ったかのように彼の動きは変わっていた。
速さが違う。
筋力が違う。
何より、目つきが違う。
「うああっ」
彼の小さな体はまた場外まで飛んだ。だが、それでも訓練は終わらない。
彼がまた立ち上がるから。
「最弱から始まる成長率の高い主人公」
胸の奥底で、何かが這いずるような、強大な不愉快さを覚える。振り向き、その場をすぐに離れた。
でないと、それが爆散しそうに思われたから。
そして、その日は来た。
舞台は総合訓練場。周囲に立つコンポジット式の柱が天蓋を支えている場所だ。
朱雀隊、白虎隊の全隊員が互いに挨拶を交わしている。
そこに、遅れてあの2人がやってきた。
「皆さま、お久しぶりです」
と帽子を取る、玄武隊のアオ殿。
それに続いて、彼の後ろから天沢殿も「こんにちは」と手を振る。
「え! アオさん!?」
真っ先に小桜殿が驚く。私を含め、他の隊員もざわつく。
そこに咳払いをして歩み出たのは一頭のアルパカだった。
「俺がお呼びした。アオさんには審判をやってもらおうと思ってな。今日は真剣な場だ。公正な第三者が必要だろう?」
内空閑殿は言い終わり際にちらとこちらを見た。
「でも! 今までなんで教えてくれなかったんですか!?」
詰め寄る小桜殿に、アルパカは胸を張って答える。
「忘れていた」
場が静まる。ややあってから、「すまなかった」と付け加える内空閑殿。このモフモフめ。
「はっはっは」
と余裕を感じさせるアオ殿の笑いが続く。
「内空閑殿もお忙しいですからね。では、改めて。今回審判を務めさせていただきます、玄武隊のアオです。今日はよろしくお願いしますね」
と、気品を感じさせる笑みと共に頭を下げる。
隣で天沢殿も
「僕は今日見学に来ました! 皆に会いたかったですし! 2人とも頑張ってね!」
と笑う。
冷静な顔で柊殿が「恐れ入ります」と言い、小桜殿は「よ、よろしくお願いします!」と周りに頭を下げまくる。
そんな2人を微笑ましそうに見つめていたアオ殿はきりっとした表情になる。
「もう一度ルールを確認しておきましょうか。確か、それぞれ能力使用可、武器は木刀で、サイズ・数は自由。どちらかが降参を宣言、もしくは戦闘不能になった時点で決着、で間違いありませんね?」
「はい!」
「ええ」
と同意する2人。
柊殿はダガーサイズの小さい木刀を、小桜殿は普段使っている一般的サイズの木刀を腰に下げている。
「それでは、お互い準備ができたら開始いたしましょう」
とアオ殿が言う。
感覚を確かめるように木刀を一度握っただけで、柊殿は「いつでも構いません」と言う。それに対し、小桜殿は何度も深呼吸をした後、私のもとに来た。
「堅海さん」
彼のまっすぐな瞳が私を突き刺す。それが気に入らないのに、目が離せない。
「僕、絶対勝ちます!」
「……」
堂々と宣言する、主人公。
その顔が、目つきが、私は……
何も言わない私に、彼は一つ礼をしてアオ殿のもとに「準備できました!」と駆けていった。
その背中が前よりずっと大きく見えた。
いつの間にか呼吸は止まっていた。大きく息を吐き出す。
私はその感情を殺すように、奥歯を嚙みしめた。
あとがき
もっとネタ仕込みたい。笑いどころ欲しい。コンテスト終ったら今までの話にも追加していきます。
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