第10話 小桜、ぶつかる

「ぐはあっ」

 

 召喚獣の尻尾に弾き飛ばされた僕の体が、ごろごろと転がっていく。血の味がする。唇が切れたようだ。


「小桜隊長、もうおしまいか?」


モコモコとしたかわいらしい見た目の内空閑さんが、見た目に反して威厳を感じさせる声で訊ねてくる。


「まだやれます!」


僕は両足を踏ん張り、立ち上がった。


 この日も、僕は任務帰りの内空閑さんに訓練の相手をお願いしていたのだ。彼は見た目こそかわいいアルパカだが、召喚獣を操る強靭な「シャーマン」だ。


今回彼が召喚したのは、長い首と長い尻尾を持った獰猛な獅子、のような獣。胴体だけでも3メートル程ある。そんな召喚獣に内空閑さんが付けた名前は「アンウィル」。意味は「皆に愛される者」。


……どこが?


アンウィルは鋭い牙を覗かせながら僕に向かって唸る。長い尻尾は勢い良く振られている。まだまだ戦意むき出しだ。


「っはあ、はあ……」


僕の息は既に切れていた。もう何度突き飛ばされ、牙や爪を寸でのところで躱してきたかわからない。


最近使い慣れてきた剣を構え直し、僕はアンウィルに突っ込んだ。


相手は基本的にまっすぐ突撃してくる。それを躱した後がチャンスだ。牙は特に強力だから要注意。首が長いもの、体の大きいものは直接頭を取りに行く。



っていうのはわかってるんだけど……



顔面数センチまで迫ってきた牙を躱すので精いっぱいだ。偶然背後に回れたが、そこに尻尾が振られる。また吹き飛ばされるわけにはいかない……!


咄嗟に、僕はその尻尾にしがみついた。かなりの衝撃が全身に伝わる。尻尾は更に逆方向に振られるが、力を込めて尻尾を離さない。アンウィルは僕を振りほどこうと尻尾をさらに強く振り、首を伸ばして直接噛みついてこようとする。


その頭が近づいてきた瞬間、それを狙って剣をふるう。アンウィルの鼻先に剣がかすり、傷がつく。アンウィルは激怒し、尻尾を地面に叩きつけた。僕の体も一緒に叩きつけられる。


「があっ」


腕が尻尾から離れる。あまりの痛さに起き上がれない。地面をのたうつ。


そこに再びアンウィルの攻撃が迫る。今度は爪を立てた前足が振り落とされる。


ガアアアアアアン


ものすごい音と共にその前足が地面に落ちる。僕はそれを転がって避けた。


顔のすぐ横の地面が大きくえぐられている。朱雀隊の訓練場は強度を最強にしているはずなのに、だ。


「早く立て」


内空閑さんの叱咤が飛んでくる。


「はい! すみません!」


剣を拾い、アンウィルを見据える。


背後を取り、首を取る。


やるべきことはわかっている。


 僕は振り返ると、そのままアンウィルに背を向け反対方向に走り出した。後ろから奴が追いかけてくるのがわかる。すぐに追いつかれるぞ。


アンウィルの鼻先が背中に当たる直前、僕は直角に曲がった。が、アンウィルは勢い止まらず、そのまままっすぐ走っていった。必死にブレーキをかけている。今なら奴の意識はこちらに向いていない。



その瞬間を狙って、アンウィルの体に跳び乗る。そのまま背中を駆け上がり、首に剣を振り上げた、


その瞬間、



目の前には大きく開かれたアンウィルの口。



アンウィルが頭をこちらに向ける方が早かったのだ。反応できない。息をのんだ瞬間、


「そこまで」


内空閑さんの声と共に、アンウィルの動きが止まった。内空閑さんが「プウー」と鳴くと、アンウィルは僕を放り捨てて彼のもとにそそくさと帰っていった。彼の後ろに控え、頭を内空閑さんのお尻にこすりつける。甘えているのだ。内空閑さんがもう一度鳴くと、アンウィルは忽然と姿を消した。


悠然とこちらに歩いてくるアルパカ。


「最後の一噛みで即死だったな」


「……はい」


また負けた。アンウィルは内空閑さんの手駒の中でも弱い方なのに、もう何度負けたかわからない。


剣をしまい、立ち上がる。


目頭が熱くなってくる。こんなにも弱い自分が心底嫌いだ。


「こんな僕じゃ、誰も認めてくれませんよね……」


「堅海のことか? 俺も先日の話なら聞いたぞ」


ブッと内空閑さんが地面につばを吐く。こんな風に時々つばを吐くのはアルパカの習性によるものではなく、単なる癖だと彼は言っている。


内空閑さん曰はく、「俺の作者は動物で女子ウケを狙った浅はかな奴」なのだそうだ。アルパカにも別に詳しくなかったらしい。


「隊長。あんたはなんで堅海に厭われているかわかるか」


「え? それは僕が、すごく弱いから……」


バフっと内空閑さんは鼻から息を吹きだした。鼻の穴が膨らむ。


「確かにそれもある。でもそれだけじゃない」


「どういうことです?」


「隊長はいずれ強くなる。でも、今のままただ強くなっても、堅海は隊長を認めない」


「そんな……じゃあどうしたら?」


「それは隊長自身で気づくべきだ」


一度頭を振るってから、内空閑さんは朱雀隊キャンプ地へと帰っていった。



このまま強くなっても認めてもらえない……? 


じゃあ、僕はどうしたらいいんだ?




あとがき

内空閑を書くためにアルパカ動画を見あさりました。鳴き声がかわいかったので、ぜひ検索してみてください。

1時間後くらいにもう一本投稿します!

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