第5話 あの子の思うところ

 その日の任務は埼玉県の閑静な住宅街にて行われた。ボツキャラはヒーロー戦隊4人組と、別作品からの幼稚園児50人。キキは茨城で任務中だったため、俺とピエトロ、正式に入隊して数日が経った佐々木、さらに数の多さを懸念した玄武隊隊員で「ガンナー執事」の堂本、の4人で任務にあたっていた。


ちなみに堂本は、原作が異世界転生ラブコメで、主人公の令嬢と恋に落ちるクーデレな執事、という設定だったそうだ。おまけに銃の名手でもある。


「えーっと、僕はリーダー・炎っこだ!」

「俺は土っこ!」

「僕は水っこ!」

「私は風っこ!」

「4人合わせて、えーっと、けろけろ隊だ!」


4人は各々ポーズを決めるが、何となく統一感がない。なんとも、ボツキャラらしい設定だ。きっと名前も全部、仮でつけられたものなのだろうな。


「僕らの街を襲う者は許さないぞ! 君らは敵か! 味方か!」


炎っこが叫ぶ。

「あー、味方とは言えねえな。なんせ、俺たちはお前らを消しに来たんだし」

「なんだと!?」


けろけろ隊がざわめく。


「ならば手加減はしない! 皆、行くぞ!」

「おう!!!」


4人が一気に攻撃を仕掛けてくる。炎っこは手から炎を噴き、土っこは地面を踏んで地割れを作る。水っこは口から水を飛ばし、風っこは両手を振って強風を起こす。


俺たちはその攻撃を躱しつつ、後退して距離を取る。


同時に、後方にいた幼稚園児たち50人は叫びながらてんでバラバラに逃げていった。


「堂本、佐々木、幼稚園児を頼む!」

「了解」

「わかりました古財さん!」


二人が幼稚園児を追っていく。


けろけろ隊の中で、三次元に被害をもたらしやすいのは炎っこ、土っこだろう。


「おいピエトロ! お前が炎っこをやれ。お前なら一瞬で決まるだろ。俺は土っこを先にやる。終わった方が残りの二人を片付けるぞ」


「わかりましたよ、隊長」


俺は土っこに向かった。


 土っこは地面にどでかい亀裂を作って進行を邪魔してくる。これでは三次元に被害が出てしまっている。後で報告書にしなければならない。だるい。早く済ませねば。


土っこの足元を刀で払う。彼はそれを跳んで避けた。その瞬間を逃さず、相手の首を掴み勢いよく塀に押し付ける。土っこの喉から空気が漏れた。


「お前、地面に触れていないと操作できないだろ?」

「……はは、その通りさ。悪役め。しかし俺らは正義のヒーローだ。必ず最後に勝つのはけろけろ隊なのだ」


喉をしめられた土っこは苦しそうに俺の手に手をかけるが、その顔は自信に溢れている。


「悪役か、そうかもしれないな」


俺は手に力を籠めた。




「な、何してるんですか……? 堂本さん」

「何って何がです?」


堂本さんは泣き喚く幼稚園児の額を正確に銃で撃ち抜いた。連続で3人。


「このガキどもを消すのが私たちの任務です。ぼさっとしてないで、あなたも早く骸骨を出しなさい」


執事らしいような、そうでないような口調で彼は言う。しかし確かにその通りだ。僕は塵芥会に入ったのだから。両手を合わせ、目をつむる。しかし、


「っ……」


どうしても声が出ない。骸骨を呼べない。


目を開くと、そこではまだ、逃げ惑う幼稚園児を堂本さんが次々と打ち殺していた。


「あ……」


合わせた両手が震える。これが僕の任務? 僕がやりたいことは人を助けることじゃなかったか? それが、この無垢な子供たちを殺すことなのか?


「おい、逃げた奴らを追いますよ。何つっ立ってるんです」


辺りにいた幼稚園児たちを一掃した彼がこちらを向く。しかし、声も出なければ足も動かない。


「……やらないなら先に行きます」


言い残し、堂本さんは子どもたちを追いかけていく。見渡せば、そこには文字化して消滅していく小さな亡骸がいくつも転がっていた。三次元の女性がそのすぐそばを通ったが、僕たちのことは見えないためそのまま素通りしていく。


「古財さん……」


これを命じたのは古財さんだ。でも、本当に? 本当にこれで人を救えるの? この子たちがどんな悪いことをしたというの?


「違う」


違うはずだ。こんなの間違ってる。古財さんなら、何か別の案を出してくれるはずだ。この子たちを殺さなくてもいい方法を。お願いすればきっとわかってくれる。僕は堂本さんを追いかけ走り出した。


 入り組んだ市街地の先に、子どもたちの泣き声を聞いた。角を曲がった先に、20人ほどの幼稚園児と、彼らに銃を向ける堂本さんの姿が見えた。彼がこちらに気付く。


「やっと来ましたか、佐々木。早くなさい」


こちらを見ないまま、彼は中折れ式リボルバーをリロードする。僕は再度両手を合わせた。


「来い!」


途端、堂本さんを無数の骸骨が取り囲む。僕の最大出力数だ。


「な、何をする!」


彼が叫ぶ。同時に、何発か発砲音が響く。


「皆、僕についてきて! 安全なところに連れて行ってあげる!」


幼稚園児たちは涙を流しながら、ぽかんと僕を見つめた。その体は恐怖で震えている。


「絶対死なせないから!」


何人かの子が、その言葉に反応しこちらに走ってきた。それに続くように、他の子もついてくる。僕は子どもたちがついてこれていることを確認しながら走った。


古財さん。あの人なら何とかしてくれる。必ず活路を示してくれるはずだ。




 俺の顔のすぐ横を炎が飛んでいき、塀に衝突した。振り向くと、そこにはなぜかまだ炎っこが生きていた。


「俺の仲間に手を出すな!」


髪の毛を逆立て、炎っこは声を荒らげる。彼の後ろからピエトロがひょいと顔を出した。


「ごめんなさーい。外しちゃった」

「2分の1くらい当てろや」

「まあまあ、そっちの子は当てるからさ」


そう言うと、ピエトロは何かをはじく仕草をしながら「死」と呟いた。まもなく、カン、カラカラカン……と音が響く。その瞬間、俺に掴まれていた土っこが爆ぜた。


「つ、土っこおおおお!」


炎っこが絶叫する。ピエトロはウィンクして「ジャックポット」と囁いた。


 これが「遊び人」ピエトロの能力・ルーレットだ。彼は誰か対象の命を賭けてルーレットを回す。ルーレットの出目は「生」か「死」か。もし彼が「死」を選択し、彼にしか見えないルーレットの玉が「死」のポケットに入った場合、賭けられた対象の命は死ぬ。つまり、2分の1の確率で確実に相手を殺せるわけである。


更に、職業が「遊び人」である彼はやたらとギャンブルに強いため、その確率は確実に2分の1より高いのである。


ただし、一度ルーレットを外した相手の命は二度と賭けられない。つまり、今ピエトロは炎っこの賭けに失敗したため、彼を殺せなくなった。


「炎っこは隊長に任せますね。後の二人は確実に当てますから」

「任せた」


炎っこに向き直ると、彼は俺のことなど見ていなかった。ピエトロを睨み上げ、


「貴様ああああ」


と、ピエトロに対し炎の玉を投げつける。ピエトロはそれを上体を反らして避けた。


「こいつ倒したけりゃ、まず俺をぶっ潰しな」


そう言ってピエトロの前に立つ。その隙に、ピエトロの姿はもうなくなっていた。炎っこは怒りを滾らせて、こちらに炎を連射してくる。それを躱し、距離を詰めようとした時、


「古財さーん! 助けてください!」


背後で声がした。小太郎だ。彼は「ほらこっちだ、皆早く!」と幼稚園児たちをこちらに逃がしている。


「何してやがる!」


怒鳴りながら振るった俺の刀を炎っこが頭を振って避ける。更に追撃をかける。


「この子たちは三次元に被害なんて起こさない! 殺しちゃだめです!」

「ボツキャラは全員削除すると言ったはずだろ!」


追撃も躱した炎っこが両手を合わせ、特大の火炎放射を放った。


「でも……あ!」


俺がその火炎を避けた先に、幼稚園児の一人が立ちすくんでいた。その足は震え、一歩も動けそうにない。しかし、その子が死んでも問題はない。役立ちそうにも見えないボツキャラだし、どうせ後で我々が削除するのだから。




それなのに、


「わあああああああああああ」


幼稚園児を突き飛ばし、全身にその火炎を被った小太郎がいた。炎に包まれる彼が目に写った瞬間、全身が粟立つ。頭が真っ白になりそうになる。


「ピエトロ!」


必死にその名を呼ぶ。


「はいよ」


軽やかに飛び出た彼は暴れる水っこを小脇に抱えて、小太郎のもとに向かっていった。それを確認し、俺は再びゆっくりと炎っこに正面を向ける。


「土っこの恨みだ! 悪役には死がふさわしいのだ!」


涙を流し、炎っこは拳を掲げて頭上に大きな炎の玉を作り始める。


「ああ」


刀を構え直す。


「そうだな」


一直線に相手に向かい跳躍。


早く終わらそう。


直径1メートルほどになった炎の玉が放られる。俺は刀を構え、縦に空を切る。その衝撃風で炎の玉が二つに割れる。できた狭い幅をすり抜け、その先に現れた炎っこの顔面中央に刀を突き立てる。


炎っこは泣いていた。


ずるりと刀を抜くと、彼は端から文字となって蒸発していった。




 小太郎に水っこで水を吹きかけた後、ピエトロは「死」で水っこを消した。既に風っこもいない。小太郎は全身が焼けただれており、仰向けに寝かされていた。目を閉じ、動かない。


「そいつ、文字化してないってことはまだ生きているのですか?」


遅れて到着した堂本が問う。幼稚園児は全員彼の銃弾に屠られたようだ。


「そういうことになるね。でも、いつまでもつか……」


表情を変えずにピエトロが答える。俺は小太郎の側に膝をついた。


「起きろ」


動かない。


「起きるんだ。小太郎」


名前を呼んだ時、かすかに小太郎の口が動いた。うっすらと彼の目が開く。淡い、茶色の瞳。


「古財、さん」


か細い声が漏れる。


「ごめんなさい……僕、向いてませんね」

「喋るな。麒麟隊に救援要請を送った。傷の手当てを受けろ」

「やっぱりできなかった。あの子たちは、何も悪くないんだもの……ねえ、古財さん?」

「何だ」


「明らかに、危害を出さない人を殺す理由って、何ですか?」

「それは……」


言葉に詰まった。麒麟隊がそう命じるから? 俺が塵芥会だから? 違う、俺は……


「古財さん、短い間でしたが……」

「やめろ! 言うな!」



「ありがとうござい、ました」



小太郎の瞼が下りる。しかし文字化は始まらない。


「気絶したようですね」


隣でピエトロが立ち上がる。堂本も「残念ですが、帰りましょう。古財さん」と言い背を向けた。


「勝手にしろ」


俺は腰から刀を抜いた。



それを逆手に持ち、小太郎の胸に、突き刺した。



頬を何かが伝い、落ちていった。




小太郎を、再生させる。




あとがき

堂本はクーデレですが、令嬢以外には多少口が悪くなるようですね。私の性癖なのでしょうか。


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