第29話「舞い上がる炎」

 出来るだけ早くに結婚式をすると二人が決意したのなら、それに纏わるお話の展開はとても早かった。


「本当に……ドレスが間に合って、良かったわ……」


 新婦の控室で結婚式用の白いドレスを着た私に、親族として参列するために来ていたはずのラウィーニアは大きな息をつきつつ疲れた声でしみじみとそう言った。


 有名なメゾンのお針子さんたちに特別料金を支払い、出来うる限り仕上がる時間を急がせて、本日早朝に時間に余裕を持ってこの教会に届くはずだったドレスが、橋の上に馬車が倒れ込み通行不能になってしまうという思いも寄らない事故に巻き込まれ到着が遅れてしまった。


「氷の橋って、きっと透明で綺麗なんでしょうね。私も、見てみたかった」


 事の次第を聞いた新郎のランスロットは、自ら解決に乗り出して橋の問題を見事解決してしまうと私の式用の豪華なドレスは無事に間に合った。


 後は凝った髪型と式用の濃い目の化粧の最終点検だけなので、式の開始予定時間にもかなりの余裕がある。


 彼の魔法で川に架けられた氷の橋は、子どもたちが大喜びして騒ぎ出しそう。


 壁に掛かっている時計を横目に見て時間をそれとなく確認した私に、ラウィーニアは呆れた顔で肩を竦めた。


「きっと……通れなくて困っていた人も、たくさん居たでしょうし……商人たちは、信用が命だから。あのままだと時間に間に合わない人も居たと思うし、助かったでしょうね。でも、こんなに直前までひやひやするなんて思ってもみなかったわ。婚約が成立してすぐの結婚式は、こういうとんでもない危険性も秘めているのね」


 だから、通例では余裕を持って一年とか準備期間が取られるのだと思う。他人事のように頷いた私を見て、ラウィーニアは額に手を置いた。


「こうして間に合ったんだから、本当に良かったわ。後は神様を前にして、二人で誓い合うだけ。何だか……ここまでもう本当に色々あり過ぎて、過ぎ去った時間が早かったのか遅かったのか……もう良くわからないわ」


「クレメントと別れてから……色々あったわね」


 クレメントはランスロットの近い同僚だからと、一応は招待状を送ることにはなったんだけど、丁重なお断りの手紙と多額のご祝儀を頂いた。


 現在は他の同僚が出席するために仕事を任された彼は、遠征で国境あたりの辺境に居るらしい。


「そうね。あんなクズな事を仕出かした元彼も、いつか誰かと幸せになってくれたら良いなって思えるくらいには……今は、とても幸せよ」


 扉からコンコンと控えめな音がして、私の待っていた人が来たようだった。




◇◆◇




 王都で行われるお祭りは、いつも肌寒くなる直前の季節。


 私はこの時の為にと調達した平民っぽい可愛いワンピースを着て、晴れてこの前に結婚をしたばかりの夫であるランスロットとお祭りデートをしていた。


 道行く女性が彼に目を留めて注目してしまうのは、仕方がない。彼が今まであまり見たことなどないだろう稀に見る美形であることは、一番近くで顔を観察することの出来る妻の私がとても良く知っている。


 貴族がお忍びで街に出ることはままあるものの、私は心配性の兄と一緒でなければ出ることが親から許されていなかった。未婚でクレメントと付き合った時もそうだった。成人も迎えているというのに、兄と一緒に恋人とデートしたくはない。


 という訳で、こうして平民っぽい格好で恋人と街歩きデートを産まれて初めて楽しんでいるという訳。


「どれもこれも、美味しそう! 目移りしちゃう。屋台で、何か食べてみたいわ」


「お腹を壊しても、知りませんよ」


 ランスロットは、大きな手を私と繋ぎつつ淡々としてそう言った。私が張り切って指差した屋台の前には、数多くの人が待っている列が出来ていて、すごく評判も良くて美味しそうなのに。


「どういうことなの……?」


 怯えた目で彼を見れば、ランスロットは吹き出して笑った。


 氷の騎士と呼ばれ、冷徹で人を寄せ付けない空気を纏うことは、このところなくなっていた。だんだんと、表情も豊かになっているような気がする。


 それが仕事として良いことなのか悪いことなのか……私には、わからないんだけど。


 そして、彼に世間知らず過ぎることを揶揄われたとわかった私は、ムッとして顔を顰めた。


「すみません。ただの冗談ですよ。ですが、あれは平民が歩きながら食べるもので、貴族のディアーヌはこれまでに絶対食べたことがないものですよ。良いんですか?」


「もちろん。良いに、決まっているでしょう? 食べたことのない美味しいものなら、いくらでも食べたいわ」


「本当に大人しそうな顔に似合わず、向こうみずな挑戦者ですね。では、僕が買ってきますので、この辺に座っていてください」


 ランスロットは、噴水を取り巻く円形のベンチのようなものを指差した。私はきょとんとして、それと彼の顔を見比べた。


「私も、一緒に並んでみたいんだけど……」


 お祭りの屋台初体験の私は、うずうずとしていた。楽しそうに鉄板料理を作るおじさんとも、何か話してみたい。期待を込めて彼を見たら、ランスロットは苦笑した。


「ああいう屋台は、すぐ近くで火を使っているので暑いんですよ。ここで待っていて、ください」


 そう言ってランスロットは、有無を言わさずに屋台へと向かった。噴水の近くは、確かに冷たい水気を感じて涼しい。祭りの空気は、華やかで独特だ。多くの人たちの息遣い、熱気。人がこうして集まりあって、何かが高まっていくような気がする。


 遠くに見えるランスロットはすごく普通の顔をして並んでいるものの、近くにいる人とは頭身が違っていた。頭が小さくて、足が長い。これって、鍛えたからとか何かの努力次第で手に入るようなものでもないから、神様がもし存在したとしても彼は万人に平等ではないことは間違いなさそう。


 ランスロットは屋台のおじさんと二言三言話して、串焼きを持って彼はこちらに近づいて来る。


 そろそろ、この広場には大きな櫓が組まれ、祭りの象徴となる大きな炎が舞い上がる。その周囲に人は集まって、楽しそうに踊りを踊り出した。


 黒い夜の中に、ゆらめく赤い火。


 その色を見て私はなんとなく、終わった恋の相手を思い出してしまった。別に今未練なんか、全然ないけど。


 ただただ、色で連想してその人を少し思い出しただけ。あの時は、本当に好きだったなぁって、そう思うだけ。


「……あんな風にして過去の恋って、燃えるのかもしれない。きっと次の恋をしたら、綺麗さっぱりなくなってしまうのよ」


 私がぽつりと呟いたら、低い声でランスロットは答えた。


「では、僕らの恋は氷漬けにしてしまおう。絶対に、燃えることのないように」


 明るい赤い火に照らされる、ランスロットの真顔を見た。それは冗談が冗談に聞こえない彼らしい言葉のあやだと、頭ではちゃんと理解してはいてはいても。


「ちょっと……もう。本当に出来そうだから、なんか怖いんだけど?」


 そうして、私達二人は微笑み合う。これからも、ずっと一緒に。



Fin

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破れた恋に、火をつけて。〜元彼とライバルな氷の騎士が「誰よりも、貴女のことを愛している」と傷心の私に付け込んでくる〜 待鳥園子 @machidori

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