第18話



 振り向いた先には父が居た。ヒュッと口から音がする。なんで、こんなところに。足が氷で固められたみたいに動かない。ニタニタと笑う顔により恐怖を感じ、視界が狭くなるのを感じる。来ないで。来ないでくれ。


「ご自身の息子が入院していたと言うのに、連絡も取らず、一体どこに居たんですか?自分がしてきたことが世間に知られると怖気づいて逃げたのか。出来損ないはどっちだよ。」


 冬木が俺の前に出て父を挑発する。彼の言葉を聞いて眉を吊り上げた父は、最後に見た時より随分と痩せこけ、身体も傷が多くボロボロだ。微かに血の匂いがする。息が荒い、焦点も合っていないその姿は、怒り狂った獣だ。


「なんなんだ貴様!!俺の何が分かる!!血も繋がらぬ穢れたガキに人生を潰された!俺のこの気持ちが!!」


「知りたくもない。子供に手を上げる人間の気持ちなど。あんたこそ奏の何が分かる。長年に渡る親からの虐待に苦しみ続けた奏の気持ちが。穢れているのは、奏の人生を汚したのは、あんただよ。」


「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇええ!!!」


 怒鳴り声を上げながら父が走ってくる。だめだ、冬木をこの男に傷付けられたくない。咄嗟に冬木の前へ立つ。




 父が俺を穢れていると言った。冬木は父を穢れていると言った。穢れた者同士、血の繋がっていない、戸籍だけの親子。父は俺を愛してはくれなかった。そんな父を恨んだ。それでも、俺の戸籍を作ってくれた。家に置いて、学校へ通わせてくれた。その恩はやはり返すべきだろう。走ってきた父を受け止める。




「父さんッ。」




 父が目を見開く。あぁ、そう言えば、初めて、父を呼んだ気がする。父さん、だなんて、言葉にしたこと今まであったっけか。

 見開かれた瞳から、小さな子供を抱える父の姿が見えた。優しい、"父親"の顔、そんな顔なんて見たことないはずなのに、なんで、懐かしいと感じるのだろう。











 父は俺を愛してはくれなかった。


 本当に?


 なら、瞳に映るこの光景はなんだ。

 懐かしいと感じるのは、この記憶が、確かにあったものだからじゃないのか。ならば俺は、どうなんだ。


 俺は、初めから、父を愛していなかった。

 目を合わせなかったのは、

 最初に目を逸らしたのは、

 繋がりのないその血を、初めに拒絶したのは、

 








『奏、お前の名前は、"かなで"と言うんだ。いいかい、よく聞くんだぞ。名前には必ず意味がある。そこに込められた"愛"があるんだ。かなで、その意味は...。』
















 愛していなかったのは、




 俺だ。








「奏!!!!!」


 冬木の声が遠くに聞こえる。痛い、痛い、お腹が、痛い。思わずお腹に手を伸ばすと、鋭い何かが刺さっていて、そこから水が流れてくる。水じゃない、赤い、血なのか。いつの間に倒れていたんだろうか。息ができない。少しずつぼやけていく視界のなかで、座り込んだ父が見えた。痛い、痛い、痛い、いたい。









「あ、ぁあ...。か、なで、かなでぇ...。奏ッ...。」









 ひさしぶりに、なまえ、よんで、くれた。

























『お前の生きるその道が、幸せな音色で奏でられますように。』



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