第17話 家族



 漸く言えた言葉でたくさんの人が動いてくれた。何度も突っ掛かって上手く話せず時間が掛かってしまったが、今までの家でのことを包み隠さず警察に話した。彼らからは『よく頑張ったね』と言われた。泣きそうだった。

 夏原や春日部は俺が学校を休んでいる間の授業のノートを見せてくれた。字が汚くて所々読めなかった。それでも嬉しいことには変わりない。お礼に勉強を教えたら、どうやら小テストで良い点が取れ、教師や部活の顧問にも褒められたと嬉しそうに報告してくれた。悪魔を呼び覚ます儀式が再び行われた。それはやめてくれ。

 退院後、俺の家に戻るのは父と遭遇する可能性が高く危険なため、冬木の家で過ごすことになった。保護施設もあるし初めは断っていたが、精神科の担当医から、まだ完全に精神が安定していない今、信用できる人と共にいた方が良いと言われたことと、冬木からの強い要望があったため、彼の家にお邪魔することに決めた。

 冬木のご両親、彼から聞くと義理らしいが、二人は喜んで迎え入れてくれた。そんな二人に、俺自身が進むためにも、けじめとして、冬木をいじめていたことを謝罪した。二人はそれでも変わらず、優しく受け入れてくれた。

 冬木の母親、美智子(ミチコ)さんからは、息子をこれからもよろしく、でももし息子が手を出してきたら直ぐに相談してちょうだい、とニッコリ笑顔で言われた。いや、冬木を傷付けていたのは自分の方なのだから、気にかけるのは逆では。冬木も冬木で、まだギリ出してないとか言うな。どういう意味だ。二人の様子からして殴るとかそう言うことではないと分かるが。

 父親の正和(マサカズ)さんには何故か背に庇われた。元々俺の部屋は冬木と共同で使うことになっていたが、今すぐにでも変更しようと死んだ目で言われた。なんで。冬木は全力で抵抗していた。よく分からない。

 彼らの家はとても暖かかった。あの家とは大違い。笑顔が絶えず、幸せな色で満ち溢れていた。安心してご飯を食べて、お風呂に入って、眠ることができるなんて、夢にも思わなかった。痛いことは何一つない。

 温かいご飯を食べると涙がポロポロと落ちた。涙でちょっとしょっぱくなったご飯だけど、美味しくて美味しくて、ただひたすら食べた。正和さんが頭を撫でてくれるもんだから余計に涙が止まらなかった。

 寝るときは冬木と同じベッドで寝た。俺用にと布団が用意されていたが、彼と寝る方が何倍も安眠できた。彼に触れて眠るのが一番効果的だ。初めの頃は冬木があまり眠れていなさそうだったため、やはり別々で寝ようと提案したが、却下された。暫くして慣れたらしく、彼もしっかり眠れているようで良かった。正和さんには物凄く心配された。美智子さんは笑顔で悲鳴を上げて何やらメモを取っていた。よく分からず、定期健診の際、担当医にそのことを話すと、なんとも言えない顔をして黙ってしまった。

 様々な変化に対応するので大変だったが、それは決して苦痛ではなかった。父は未だ行方が分かっていないが、父と共に手を上げてきた男達は警察に捕まった。警察の話によると男達も父と同様に、行方が分からなくなっていたが、隣町の雉乃神社という場所に傷だらけの状態で倒れていた所を発見されたらしい。命に別状はないが暫く意識が戻らなかったと聞いた。証人として彼らの顔写真を見せられたときは、あの時の記憶が甦って怖かった。過呼吸になりながらも、冬木が側で支えてくれたおかげで、しっかりと彼らが自分に暴行を加えてきた人達であることを伝えた。冬木と、これが第一歩だと二人で笑い合った。

 担当医からOKサインが出て、久々に学校へ登校することができた今日は、終業式である。クラスメイトや教師からはたくさんの心配の声が掛けられた。彼らには体調を崩し長期入院していたと話されている。家庭の事情は知られたくなかったから良かった。まだ怖くて上手く話せないが、それでも心配してくれた皆へ、しっかり向き合って感謝を述べた。何故か夏原と春日部が悪魔を再び呼び覚まそうとしていた。おい、冬木も混ざるな。


「ゲーセン行こうぜ!」


 終業式も終わり、部活が休みだった夏原が言った。ゲーセンには行ったことがなかったから、ワクワクした。クレーンゲームのアームはどう考えてもインチキだったと思うが、それすら楽しかった。シューティングやカーレース、音楽ゲームは春日部が圧勝だった。強すぎる。ゲームマスターと呼んでくれとどや顔で言う彼を、先程取ったらしい不細工な顔した大きな猫のぬいぐるみで夏原が殴っていた。嘲笑う顔をしている猫だが、何故それを取ったのか。夏原のセンスは分からない。

 ゲーセンからの帰り道を冬木と歩く。少し遊び疲れたところもあるが、それでも楽しくて、充実した一日だった。嬉しさが抑えきれず鼻歌を歌ってしまう。いつの日か聞いた事のあるあの鼻歌。そうだ、曲名を聞きたいと思っていたんだった。


「ねえ、藍。藍が歌ってくれたこれ、なんて名前の曲なの?」


 冬木は目を見開くと、覚えてくれていたんだと嬉しそうに笑う。


「実はそれ曲名がまだないんだ。僕が即興で作ったものだからね。」


 驚いた。冬木が作ったのか。でもどこか納得した。冬木の優しさが詰まったこの曲だからこそ、いつも自分を幸せで満たしてくれるんだと。名前がないなどもったいない。とても良い曲なのだから。そう冬木に伝えると、彼は俺の瞳を覗き込んで考える。いや、なんで。


「そうだなぁ、名前をつけるなら...。」


 真剣な表情の彼に目を逸らせず見つめ返す。鼻先が触れそうなほど近づいてきた距離に、心臓が高鳴る。彼が俺と額を合わせてきて、左手で俺の頬を撫でる。もう片方の手を俺の手と絡み合わせてくる。顔が熱くなるのが分かった。夕陽が作り上げた2つの影が重なる、




 茶褐色の小さな塊が冬木の顔へ横からダイレクトアタックした。


「ぶッッッッ!!!イッタァァア!!お前久々に来たと思ったらなんつぅタイミングで!この!!クソ!鳩がぁ!!」


 懐かしく感じる光景に苦笑いが零れる。久しぶりに見たソウは元気に冬木をつつき回している。良かった、ずっと会えていなかったから心配していたのだ。ほっと息をつくもすぐさま香ってきた匂いに眉をひそめる。


「ソウ、止まって!」


 俺の声に答えるようにソウが冬木から俺の伸ばした腕へと飛んできた。強くなった血の匂い。慌ててソウの身体を注意深く見るも、怪我は見当たらない。つつかれていた冬木にも傷は見当たらず。暫く見ていない間に何かあったのだろうか。


「うーん、一度、野鳥保護施設で診てもらった方が良さそうだね。」


 一旦家で保護し、翌日冬木の提案で施設へ連れていくことになった。冬木の両親には驚かれたが、近くにあるという保護施設までの道を教えてもらえた。そう遠くない、徒歩で40分程度の場所にあった。

 施設の職員からはソウを飼うのかと聞かれたが、横に首を振った。ソウには、誰にも縛られず自由に生きてほしかったから。幸い怪我はなく、匂いについては何処かでついてしまったのだろうとのことだった。本当に良かった。あまり危険な所へはいかないでくれと頭を撫でた。ソウも大切な友達なんだ。


「全く、心配かけるなよ。」


 冬木がソウにちょっかいを掛けながら言う。反撃されると分かっているのにするものだから、冬木はソウに対して子供っぽいところがある。

 夏の熱い日を浴びながら、家へ続く道を歩く。ソウが上空へ飛んだ。元気に飛び回る様子に安心する。

 ジャリッと後ろから足音が聞こえる。それは嫌でも記憶に残るあの男の足音だった。


「漸く会えたなぁ。なあ、この出来損ないが。」


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