第3章 8

「烏田慎吾から拳銃を購入したのは、大企業の社員だったようですね」

と、北海道警銃器捜査係の米倉庄司は言った。

「池田旬一は大企業の社員になっていたのか」

と、北海道警サイバー犯罪対策課の多田丸均が言った。

「池田旬一のことは以前から知っていたのですか」

「学生の時プログラムの全国コンテストで一緒になったことがあったから。でも今回烏田との接点で彼の名前が浮上した時は驚いたな」

「学生のとき彼はどのような人物でしたか」

「プログラム能力は超一流でしたよ。主なプログラム言語に精通しているだけでなく、独自にプログラム言語を開発していたくらいでした。十代で新しいプログラム言語を開発していたというのはそれだけで驚きですよ。それでそのプログラム言語が可成りの優れものだったので、将来どんな大物人物になるのだろうかとその業界の人たちはみんな思っていましたよ。彼はどのような状況で銃を所有しているところを発見されたのですか」

「岩城さんと糸井さんと戸川さんが彼を現行犯で逮捕したのですが、同僚の女性社員に銃を向けたみたいですね」

「いつか彼は何か問題を起こさないかなと思っていましたけど、まさか人に銃を向けるとは思っていませんでしたね」

「彼が問題を起こすかも知れないといつ頃から思っていたのですか。またどうして彼が問題を起こすかもしれないと思っていたのですか」

「彼が学生の時から、もしかしたら将来問題を起こすかも知れないと思っていましたよね。彼は学生の時から独自のプログラム言語を開発するほどの天才的なプログラマーで、毎年学生のプログラム大会で優勝していましたよ。でもそれは彼の一面で表の部分だったのです。実は彼には裏の部分があって、ブラックハッカーの世界でも名を轟かせるほどになっていたんです。あらゆるタイプのコンピュターウィルスを開発して、売りさばいていたみたいですね。可成り儲けたようですね。両親が不利な条件で組んだ住宅ローンから来た多額の借金があったようだから、そのためにそのお金を使ったかと思ったが、ひょっとしたら、大企業に就職するために、何かしらの形でそのお金を使ったのだろうかと思う」

「せっかく苦労して大企業の社員になれたのに、なぜ犯罪に手を染めてしまったのだろうか」

「彼の両親は、多額のローンが残っている家で餓死していたようです。彼らが勤めていた中小企業が倒産して、不安定な日雇いの仕事を渡り歩くも、食べていくこともできなくなったのかもしれません。両親は極貧の生活を時たま経験してでさえ手に入れたマイホームでした。その姿を見て育ってきた旬一です。その家を残したいために両親の借金を背負ったようです。大企業と言っても、平社員の給料です。その借金を彼が返済するのは無理だったんでしょう。会社の金を横領することを思いついたのだと思います」

「でもなぜ同僚に銃を向けたんでしょうかね」

「その同僚の女性社員のマンションにデーターの入ったUSBメモリーを受け取りに立ち寄った時、自分のUSBメモリーを落としてしまったようです。そのUSBメモリーには、横領のために使われたファイルが保存されていたみたいですよ」

「自分が真犯人であることをその女性社員にバレタと思い、証拠隠滅のため彼女を片付けようと思ったのですか。相手は女性ですよ。大の男が銃などわざわざ手に入れなくてもできたことだろうと普通は思うんだが。それにわざわざ殺そうとしなくても良かったんじゃないかな」

「私は彼の心が完全に壊れていたからだと思うんです。正常な心の状態だったら絶対できないことですからね」

「心が壊れていたというのはどういうことですか」

「彼は恐ろしいほどの完璧主義者なのです。学生の時彼の開発したアプリケーションのソースファイルを見せてもらったことがあるんですけど、その時の驚きと感動は、その時のことを思い出すと今でも鮮やかに蘇ってきますね。全てがC言語で書かれたソースファイルですが、全く一点の無駄もない作品でした。まさに芸術でしたね。徹底した完璧主義の中に、恐ろしいほどの繊細さがあるのです。その繊細さ故にちょっとしたことで将来壊れることがあるんじゃないかと思っていましたけど。実際に起こってしまいました」

「池田旬一のことを随分よく知っているんですね」

「学生の時はプログラム大会で接触していたことがあるので色々知っていることがある。事件に関してのことは、岩城陽介さんに聞いたことです。彼は今回私が銃の購入者の個人情報・・・池田旬一のことだったんですがね・・・その情報を入手したことに対してとても感謝してくれたようで、今回の事件のその後の経過について、メールで頻繁に連絡してくれたんです」

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