第3章 7

「響子、本当にここにしてよかったの。事件を連想することない」

カプレーゼのミニトマトをフォークにのせながら、川上友梨が言った。

「事件の所為で、このレストランを使わなくなる方が惨めな気がするから、かえってこのレストランがいいの。だってこのレストランには全然罪はないでしょう」

バーニャカウダの人参をソースに浸しながら、清水響子が言った。

「真犯人が、池田さんだったのには本当に驚いたわ、響子、大変だったわね。怖かったでしょう」

アクアパッツァのムール貝をフォークで穿りながら、末永妙が言った。

「拳銃を向けられたんですものね」

と、友梨が言った。

「皆心配してくれてありがとう。今でも本当に起こったことだったんだろうか・・・悪夢でも見ていたんじゃないか・・・という気分なの」

と、響子が言った。

「それは分かるわ。一番身近で一緒に仕事をしていた人ですもんね。その人が拳銃を所持していて、響子に向けたんでしょ」

と、友梨が言った。

「実はね、皆にあまり話さなかったかも知れないけど、池田さんとこのレストランで打ち合わせを度々したの」

と、響子が言った。

「そのことは知っていたけれど、しかたがなかったと思うわ」

と、友梨が言った。

「打ち合わせをすることがもうなくなっていたのに、このレストランで食事をしたことがあったの。もう打ち合わせをすることはなくなったので、食事をしながら趣味の話をしたわ。趣味の話をしていたのでとても盛り上がったわ。特にイタリア料理や映画の話で盛り上がったわ。イタリア料理はここがイタリア料理のレストランだからそういう話が出るのは自然なことでしょうけど。映画の話で盛り上がったときはお互い評価が一致した映画を見に行くらいに盛り上がったの」

と、響子が言った。

「私は二人が少しずついい雰囲気になっていくような感じに見えたので、ひょっとしたらそのうちカップルになるんじゃないかと思ったわ」

と、妙が言った。

「私もそう思ったわ」

と、友梨が言った。

「私も実は内心期待していたの。コンピューターとインターネットの知識がずば抜けて秀でていたでしょう。まず、そのことで尊敬するようになったわ。それに会社の私が使っているパソコンのデスクトップの背景の写真の件。勝手に変わるようになって気持ち悪かったわ。その時は、犯人は山辺課長だと思った件だけど、池田さんがそれを解決してくれたと本当に思ったわ。だからその時はその件でも益々尊敬するようになったの。そして決定的だったのは、ここのレストランであったことだから皆も覚えていると思うけど。あのストーカーだと私が勘違いしたことだけど。その時はストーカーだと思っていたわ。それを偶然レストランに来ていた池田さんが解決してくれたと私はそのとき思ったの。そして気がついたら、尊敬以外の感情を持っている自分に気がついたの」

と、響子が言った。

「響子は本当に強いと思うわ。私だったらその様な状況にはとても耐えられないわ」

と、妙が言った。

「私だってとても耐えられなかったと思うわ」

と、友梨が言った。

「私も妙と友梨のように、私のような立場の人を見たら同じように感じたと思うわ。でもそのとき私は思ったわ。人間って案外大変な状況に耐えられるんだなと思ったわ」

と、響子は言った。

「私も池田さんのことを尊敬していたのに、驚いたし、ショックだったわ」

と、妙が言った。

「実はね、デスクトップの写真の背景の件の犯人は池田さんだったの」

と、響子は言った。

「えーそうだったの。信じられない。ショックだわ」

と、友梨が言った。

「後で気がついたことなんだけど、山辺課長にデスクトップの背景の写真を変えるような技術はないわ。最初は分からなかったけど、一緒に仕事をしていく内に分かったことなんだけど、パソコンが苦手な部類の人だったのね」

と、響子が言った。

「どうしてそんな人が情報課の課長になれるの」

と妙が言った。

「入社してから時間が経つにつれて、いろいろな噂が耳に入ってくるのだけど、情報課といっても商品部の情報課は、宣伝部の情報課と違って、パソコンやインターネットが得意な人材が集まった課ではないみたいなの。業務の殆どは商品データーの管理なの。だから、山辺課長のような人でも課長になれるのだと思ったわ。これも噂からきいた情報なんだけど、商品部の情報課の課長は、パソコンやインターネットが苦手でも唯一出世できる役職みたいなの」

と、響子が言った。

「だから山辺課長のような人でもなれるし、なりたがるのね」

と友梨が言った。

「同じ部だからと思うんだけど、顧客課のほうにも山辺課長の噂が流れてくるんだけれど。セクハラで問題になったことがあるんですって」

と、妙が言った。

「入社して間もなくの頃なんだけど、同じ課の先輩の女性社員に、山辺課長には気をつけたほうがいいよと言われたの。それから本当にすぐだわ。山辺課長に打ち合わせを兼ねて二人で夕食でも食べに行こうかと誘われるようになったのは。毎回断るのがたいへんだったけどね」

と、響子が言った。

「響子って新入社員の中でパソコンが一番得意だったわよね。それなのに何故パソコンの苦手な人ばかり集められたようなところに配属されたのかしら」

と、友梨が言った。

「玩具部門のホームページの制作維持管理をIT企業に外注していたでしょう。そのIT企業がライバル会社の傘下に入ったの。それで玩具部門はホームページを自社で制作維持管理することに決めたの。中心となるのは宣伝部の情報課なんだけど、商品部の情報課も大きく関わっていくことになったの」

と、響子が言った。

「それで池田さんが商品部の情報課に移ったのね」

と、友梨が言った。

「実はね、最近今川健さんの奥さんの真弓さんに誘われて食事に行ったの」

と、響子が言った。

「今川さんの奥さんとは何故お知り合いに」

と妙が言った。

「今川さんの家に急ぎでデーターを届けに行ったことがあったの。メールでは気づかないことがあるかもしれないから、直に届けに行ってくれとたのまれて。そのとき真弓さんに初めてあったのだけれど、お茶とケーキをご馳走してくれて。嬉しかったわ。その頃は超忙しかった頃だったから」

と、響子が言った。

「真弓さんっていい人みたいね」

と、妙が言った。

「そうとてもいい人だったわ。だから今回の事件で私のことを心配してくれて、食事に誘いながら私の様子を見たかったみたい。それでその食事の時、こっそり話してくれたんだけれど、すごい人事異動があるみたいだわよ」

と、響子が言った。

「でもそこまで言ったなら話さないわけないよね。話したいから言ったんでしょ。絶対外には話さないから聞かせて」

と、友梨が言った。

「私も聞きたいわ。絶対誰にも話さないから」

と、妙が言った。

「まずはね、山辺課長だけど、グループの子会社に出向みたい。どの会社かまでは分からないけど」

と、響子が言った。

「あら可哀そう。女性社員にとっては朗報ね。出向先には女性社員がいるのかしら。いたら気の毒だわ」

と、妙が言った。

「それで、商品部情報課の課長が今川健さんになるみたい。商品情報課の名称も変わるみたいなの。サイバーセキュリティー課になるみたいだわ。外部から優秀な人材を投入してサイバーセキュリティーに特化した課をつくるみたいだわ」

と、響子が言った。

「それじゃ、商品部情報課は実質なくなるってこと」

と、妙が言った。

「そうみたい」

と、響子が言った。

「響子はどうなるの」

と、友梨が言った。

「実際はサイバーキュリティー課はサイバーセキュリティー部になるらしいけど、その部に配属の打診があったわ」

と、響子が言った。

「よかったわね。もしかして今川健さんは部長になるわけ」

と、友梨が言った。

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