第3章 3

 響子に対する事情聴取は、応接室で行うことにした。応接室にはコーヒーやお茶のセットがあるし、リラックスした雰囲気の中で、話を聞くことができる。響子は今回の件で生まれて初めて死の恐怖を経験したわけで、一般の参考人等などから事情聴取をするときに使う部屋は使いたくないと、陽介は思った。

 陽介は事情聴取する前に、響子が陽介の死別した妻の瑠津絵に、瓜二つであることを話すことに決めていた。陽介は話しがしやすいように、瑠津絵の写っている写真を持ってきた。瑠津絵だけが写っている写真だけではなく、陽介と一緒に写っている写真も持ってきた。

 陽介と譲治と章星は、ノートパソコンとファイルを持って応接室へと向かった。響子はすでに受付で案内されて、応接室の中で待っていた。陽介が扉を開けると、テーブル席に座っている響子の姿が、陽介の目に飛び込んできた。出入り口の扉の開く音がすると、先程まで口にしていたコーヒーカップをテーブル上のソーサーに戻して、入り口の方へ顔を向けた。

 陽介の目に飛び込んできた響子は、瑠津絵と瓜二つどころのものではなかった。まさにそこにいるのは瑠津絵の生き写しというよりも瑠津絵そのものに陽介には思えた。レストランで見かけたときは、間にテーブル2つ程の間隔がある距離から見た訳だし、列車内でもそれほど近くから見かけた訳ではなかった。まして水源島の沼地で見かけたときは、銃撃されるかもしれないという極限状況の中で彼女を見かけた訳で、距離どころの問題ではなかった。

 テーブルを跨いで、陽介は、響子が座っている席の真正面の席に座った。譲治は陽介の右側の席に座り、ノートパソコンを開いた。章星は陽介の左側に座り、文書類が綴じられているファイルを開いた。

「私は、警視庁銃器捜査係の岩城陽介と申します。こちらは同じく警視庁銃器捜査係の糸井譲治そしておなじく警視庁銃器捜査係の戸川章星です。事情聴取を始める前に、清水さんに話さなければならないことがありまして、事情聴取の時間だけでも、申し訳ないのですが、お許しください」

 そう言うと、陽介は背広のうちポケットから、封筒を出した。その封筒から数枚の写真を出して、響子の前のテーブルの上に置いた。

「この写真に私と一緒に写っているのは、今は亡き妻でして」

数枚の重なっていた写真を、響子がよく見えるように並べていきながら、陽介は続けて言った。

「列車とレストランであなたを偶然見かけた時、亡くなった妻とあまりにも似ていたものですから、ついじっと見つめてしまったことをまず謝りたいと思いまして」


 響子と相対して座り、間にあるのはテーブル一つという至近距離で、響子を間近に見るという状況は、今まで想像さえしたことのない場面であった。

 初対面で友人か知人に似ている人に会うことがあっても、その人と接することが多くなって、間近で見ることが多くなると、その人の個性が見えてきて、初対面のときに感じていた、似ているという印象が会う度に薄れて、あまり似ているとは感じなくなっていく。そのような経験が陽介にはあった。

 響子と瑠津絵が似ていると感じたのは、それとは全く異質のことのように、陽介には思えた。今間近で、響子に接する陽介は、瑠津絵の存在を感じている自分に気づいて、身体が宙に浮いているような不思議な感覚を覚えている。

 陽介と瑠津江が写っている写真を見た時、響子は、それが偽造写真ではないかと本当に思ったらしい。このような状況を、陽介は予想していた訳ではなかったが、他の写真を可成りの枚数持ってきていた。一旦組織犯罪対策課室の自分のデスクに戻った陽介は、鞄の中からその写真を持ってきた。旅行で撮った写真を始めとして様々な写真があった。さすがにこれだけの偽造写真を作るのはプロでも難しいだろうと思えるほどの種々雑多な写真であった。

 とは言えこれだけコンピューターの処理能力と画像処理ソフトの発展した時代である。プロのCG技術者ならば出来ないことはないだろう。だがこれだけのことをする意味がいったいあるだろうか、というのが常識的なところである。一体お金と時間をかけてそれだけのことをしてもその人に何の利益ももたらさないし、正常な感覚の持ち主ではないと思われるのが関の山である。

 響子は短時間ながら、陽介と接している中で、直感的に陽介がとても詐欺的なことをするような人ではないと感じた。それで実際のところ、陽介が最初に背広の内ポケットから出した封筒の中に入っていた数枚の写真を見た時にすでに、陽介の言っていることを信じようと思っていた。

 その後の事情聴取は、驚くほど順調に進んだ。事情聴取の前に瑠津江のことを話したのは、この件に関しては良い結果に終わっており、今回に限っては陽介の決断は間違ってはいなかったと、陽介だけではなく、譲治も章星も感じていたようである。 

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