第2章 11

 陽介と譲治は、被疑者の勤めている会社まで尾行していった。会社の中まで銃を持っていくことはまずないであろうから、会社の玄関口からセキュリティ・ゲートを通るまで見届ければ、被疑者の退社時間まで、陽介と譲治は、尾行と監視の任務から開放される。

 会社のビルの玄関口で、被疑者はこれから営業先に出かけるために、会社の玄関口から出てきた同僚とすれ違った。被疑者は立ち止まって後ろを向いて、すれ違った同僚に声をかけた。

 陽介は、被疑者を尾行している間、被疑者の後ろ姿しか見ていなかった。被疑者が後ろを向いた時、陽介は初めて被疑者の顔を確認できた。その顔を確認できた時、陽介の記憶の中にはっきりと刻み込まれていた顔であることが直ぐに分かった。

 瑠津絵と瓜二つの女性を偶然見かけたレストランで、陽介と譲治と章星はふたたび食事をしていた。同じレストランで、彼女を見かけるとは、陽介は夢にも思っていなかった。突然訪れた至福の瞬間が、陽介に一瞬油断を与えてしまった。陽介は短い時間であったが、彼女を見つめてしまった。陽介に見つめられていることに気がついたのだろうか。彼女が彼の方を振り向いた。一瞬、彼女と目と目があってしまったような気がした。陽介は直ぐに下を向いたが、もう遅かったのではないかという後悔の念が残った。

 自分に話しかける男性の声がしたので、陽介は顔を上げた。その時陽介の瞳に映った顔がはっきりと陽介の記憶に刻まれていた。その記憶に刻まれていた顔が、今会社の玄関前でこちらを向いている顔と一致していることに陽介は気がついた。

 被疑者と既に会っていた。世間とは何と狭いのだろうか。思わずそのようなことを考えてしまう陽介であった。その時彼が陽介に言った言葉が、記憶の片隅から浮かんできた。

「あちらにいる女性をあなたはじっと見ていましたね。以前にも彼女をじっと見ていたことがありましたよね。列車の中でも彼女をじっと見ていたことがなかったですか。彼女は酷く気分を害しているんです」

「すいません、知り合いに似ていてもう少しで人違いするところだったみたいです。私はもう食べ終わっているので直ぐにここを出ていきます」

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