第2章 6

「このソフトは同一のものを探し出すのではなく、色形状の特徴から、共通点の多いものを選んでいきます」

 多田丸均がエンターキーを叩く音が響いた。それから間もなくである。多田丸均が、パソコン画面を見ながら、ID番号を読み上げたのは。

  岩城陽介と糸井譲治と戸川章星と米倉庄司は、自分の持っている写真のID番号が読み上げられると、その写真を取り出して壁に掛かったボードに画鋲で貼り付けた。ひっきりなしに自分たちの持っている写真のID番号が読み上げられていくので、ボードの前に立って写真を貼るものが途絶えることがなかった。多田丸がID番号を読み上げる声が止んだ時、写真を貼るためにボードに接近しているものはいなくなった。誰もがボードと間隔をとって立ちながら、ボードに貼られた写真を見ていた。

「烏田は使わないだろうと思える写真を外していきましょう」

岩城陽介が言った。

「一枚の写真で何人がそう思った場合にしますか」

米倉庄司が言った。

「一人でもいたら外しましょう」

「もし外したものの中に烏田が実際使っているものがあったらどうしますか」

「それを考えたらこの作業は殆ど可能性がないものになってしまいます。この作業は肝心な選択の面で我らの直感に頼っているのです。だから最初から少ない可能性に頼っている作業なのです」

岩城陽介と糸井譲治と戸川章星と米倉庄司は、ボードに群がり次々と写真を外していった。最後に4枚の写真が残った。

「次に、この4枚の写真がプロフィールに使われている、SNSのアカウントのプロフィールの内容を、見ていくのですか」

米倉庄司が言った。

「烏田は嘘の塊のような人物みたいだから、プロフィールの内容は全く当てにならないどころか、かえって我々の判断を誤らせるかもしれません」

岩城陽介が言った。

「それでは一枚ずつ検討していきますか」

米倉庄司が言った。

「この骨董の壺の焼き物はどうですか」

糸井譲治が言った。

「この手のものは贋作が多いですよね。だから個人を特定し難いのでは」

岩城陽介が言った。

「このフィギュアはどうですか」

戸川章星が言った。

「結構ポピュラーなものだから案外多いかも知れないですね」

岩城陽介が言った。

「この腕時計はどうですか」

米倉庄司が言った。

「一見高級そうに見えるけど、よく見るとブランドものを、微妙にスレスレのところで似せた紛い品で、量販して安売りしているものです」

岩城陽介が言った。

「では残ったこれが最後のものです」

岩城陽介が続けて言った。

「これは何ですか」

糸井譲治が言った。

「今ウェブで調べたのですが、ベニテングタケですね。毒キノコみたいですね」

多田丸均が言った。

「ベニテングタケをプラスチックで模造したものですね」

米倉庄司が言った。

「毒キノコの模造品なんて販売しても買う人なんていないですよね。特注したものですかね」

戸川章星が言った。

「この様なものにお金をかけるのは烏田らしいと考えても不思議ではないか」

米倉庄司が言った。

「それではこの画像が烏田のプロフィールの画像としてつかっているものと仮定して、SNSのアカウントを検索してみますね」

多田丸均はそう言うとパソコンのキーボードとマウスを操作した。

「49のSNSがヒットしましたね」

パソコンの画面を見ながら多田丸均が言った。

「ヒットしたのはSNSの一部でしょう。SNSの数はそんなに多いんですか」

糸井譲治が言った。

「我々が一般に目にしているのはサーフウェブというもので、それはほんの氷山の一角に過ぎません。このサーフウェブより遥に多くの部分がディープウェブとダークウェブのネット上にあるのです。それを含めての検索結果なのでこれだけの件数がでるのです」

多田丸均が言った。

「それでは49件の中で銃のキーワードがあるものだけ絞ることが出来ますか」

岩城陽介が言った。

「29件です」

キーボードを操作してから、多田丸均が言った。

「そんなにあるのですか。いかにも烏田に関係ありそうですね。それでは今回我々が操作している拳銃密輸事件の年月に絞って検索できますか」

米倉庄司が言った。

「1件です」

キーボードを操作してから多田丸が言った。

「そうするとこのSNSが可成り黒に近いですね。このSNSを調べていきますか」

岩城陽介が言った。

「それではまずこのSNSに烏田のものだと思われるアカウントが接続したときのIPアドレスと烏田の自宅のルーターを照合してみますね」

 個人のルーターのグローバルIPアドレスはその都度プロバイダーから割り当てられたものが使われるので、プロバイダーの記録を見なければ個人情報を得ることはできない。多田丸がIPアドレスの検索に使用しているツールは、まずプロバイダーを検索して、そのプロバイダーの情報を検索していく。プロバイダーの情報にアクセスできるのはサイバー犯罪対策課に特別に与えられている特殊な権限があるからである。

 キーボードとマウスを操作しながら多田丸均が言った。

「このSNSに接続したときのIPアドレスと烏田の自宅のルーターのIPアドレスが違いますね」

米倉庄司が言った。

「いやまだそれは分からないですね。いや僕は烏田を見くびっていました。烏田でもツールを使えばできるのですね。IPスプーフィングのツールを使って接続していたかもしれませんね。つまりなりすましのIPアドレスで接続していたかも知れませんね」

多田丸均が言った。

「なりすましではない本来のIPアドレスを突き止めることはできるのですか」

糸井譲治が言った。

「できます。今からやってみます」

多田丸均がパソコンのキーボードとマウスを操作しながら言った。

「出てきました。烏田の自宅のルーターのIPアドレスと一致しています」

多田丸均がパソコンの画面を見ながら言った。岩城陽介と糸井譲治と戸川章星と米倉庄司は、パソコンの画面を見て感嘆の表情を顔面いっぱいに表した。

「それではこのSNSに登録されているこの画像をプロフィールに使っているアカウントは烏田のものと考えてもほぼ間違いないのですね」

岩城陽介がそう尋ねると、多田丸均は頷いた。

「烏田がSNS上にアップしたものを見ることは可能ですか」

岩城陽介が言った。

「実はここだけのことにして欲しいのですけど、警視庁と県警と北海道警のサイバー犯罪対策課は、特別サイバー犯罪対策班を設置していました。特別サイバー犯罪対策班は、プロバイダーで記録されているグローバルIPアドレスを参照する権限を持っています。個人のルーターの場合はプロバイダーからIPアドレスを割り当てられているので、IPアドレスが変わります。それでプロバイダーに記録されるIPアドレスが個人情報を得るために必要なのです。それから特別サイバー犯罪対策班は、ディープウェブ上にSNS用のサーバーを多数設置しているのです。そして何とも今回偶然にも烏田がアカウントを登録していたSNSは、特別サイバー犯罪対策班が設置したサーバーを使用しているのです。だから烏田がアップしたものを自由に見ることが出来ます」

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