第1章 15

「今川健がまた逮捕されたんですか?」

「もちろん、彼は最初から一貫して犯行を否認しているよ」

「そのことでもしかして関係があるかもしれないと電話したのですが?」

「一体どんなことが?」

「在学中に私の講義を受けていた卒業生が研究室に来ましてね。見てほしいファイルがあると言って持ってきたのですよ。そしたら何とそのファイルがIPスプーフィングのツールのファイルだったんですよ」

「その卒業生はハッカーだったとか」

「いや単なるワード・エクセルレベルの学生だったよ」

「そんな卒業生がなぜそのようなファイルをもっているの? そのファイルをどうやって手に入れたの?」

「彼女の同僚が彼女のマンションにUSBメモリーを落としていったみたいなんだ。そのUSBメモリーの中にあったのが、彼女にとって得体の知れないファイルだったので、何のファイルか知りたくて私のところに持ってきたらしい。そしてそのUSBメモリーにはエクセルファイルもあったのだが、そのエクセルファイルだけはコピーして来なかった。とりあえずそのエクセルファイルの中身で彼女がだいたい覚えていることを話してもらったよ。そうしたらそれはIPアドレスとネット銀行の口座番号のようなんだ。そしてそのIPアドレスが書かれてあるシートには今川健という名前があったというんだ。なぜその名前を覚えているのかと尋ねると、同じ会社に同姓同名の社員がいるというのだ。その社員は横領の疑いで逮捕されていて、そのことで会社は持ち切りらしい。社内では部署が違うので面識はないが、名前はそのことで社内中知れ渡っていたので、その名前がすぐに目についたようだ。今川健と聞いてその名前は私にも印象に残っているのだが、確か君が弁護したことがあるホワイトハッカーだよね。しかしあのときの君の対応は素晴らしかったよね。78時間内に開放できたんだからね」

「それは君が持っているホワイトハッカーたちとのコネクションのお陰だよ」

「それで早速君にこのことを知らせようと思って電話をしたわけだ。彼女は明日そのエクセルファイルをコピーして持ってくるから、君も明日研究室に来てくれないか」

 学生が自由に出入りできるようにと、ドアが開け放たれていた研究室の入り口のところで、聞き耳を立てて教授の電話の会話を聞いていた者がいた。彼はキャンパス内の誰もいないところを探して、携帯を取り出した。

「USBメモリー見つかりましたか?」

「いやいくら何処を探しても見つからないんだよ」

「そのUSBメモリーを持ち歩いて誰かのマンションに行きませんでしたか?」

「ああ会社で使うデーターのコピーを貰うのに、会社の同僚のマンションに立ち寄ったことがある」

「江上教授の研究室のところに行って、ドアが開いていたので入ろうと思ったら、電話中だったので入り口で待っていたら、USBメモリーという言葉が聞こえたので電話の会話を聞いてしまいました。その卒業生は同僚がマンションに落としたUSBメモリーのファイルのことを聞きに、江上教授のところに来たみたいですね。僕が渡したUSBメモリーにエクセルファイルをコピーしてませんでした?」

「ああコピーしていたよ」

「その日はそのエクセルファイルはコピーしないで、ツールのファイルだけ空のUSBメモリーにコピーして教授のところへ行ったみたいです。でも明日そのエクセルファイルのコピーを教授のところへ持っていくみたいですよ」

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