第1章 16

 空のUSBメモリーにコピーした後、デスクトップに貼り付いているエクセルファイルをダブルクリックした。一枚目のシートに入力されているIPアドレスと人の名前が、パソコン画面に表示された。二枚目のシートのタブをクリックした。ネット銀行の口座番号と人の名前が表示された。一行目は会社指定のネット銀行の口座番号である。二行目から数十行に亘って入力されているのは不正に入手したネット銀行の口座番号である。最後の数行に入力されているのは海外のネット銀行の口座番号である。

 会社指定のネット銀行に不正にアクセスして、不正に入手したネット銀行の口座に横領したお金を振り込む。横領したお金を複数の不正に入手したネット銀行の口座をリレー式に渡り歩かせ、最後に海外のネット銀行に振り込む。マネーロンダリングである。

 このUSBメモリーの所有者は、相当の悪党であることを、エクセルファイルの中身が示している。

 響子はこのエクセルファイルが保存されていたUSBメモリーの持ち主が、旬一でないことをどれほど願っていたことか。だがそれを願えば願うほど、持ち主が旬一ではないかという疑念が強まっていくのであった。

 以前仕事上の打ち合わせで、旬一から渡されたエクセルファイルが、いつも響子が使っているパソコンのデスクトップ上にある。そのエクセルファイルをダブルクリックした。3枚のシートがあるエクセルファイルである。今表示されているシートの下に3つのタブが表示されている。それぞれが3枚のシートのタブである。それぞれのタブには名前が表示されている。Sheet1(html)、Sheet2(textdata)、Sheet3(picturedata)という名前がつけられている。Sheet1()、Sheet2()、Sheet3()というタブの名前の付け方は旬一の癖である。

 古いパソコンに表示させていた、IPアドレスとネット銀行の口座番号が入力されているエクセルファイルのシートに再び目を移した。表示されているシートの下に2つのタブが表示されている。2枚のシートのタブである。それぞれのタブの名前を見ると、Sheet1(IP)、Sheet2(account)と表示されていた。旬一のタブにつける名前の癖と同じである。あまりにも偶然すぎるように思えた。響子のマンションに落ちていたUSBメモリーが、旬一のものであるという疑念がますます深まるばかりであった。

 これからこのエクセルファイルが保存されたUSBメモリーを持って、大学の江上教授の研究室へ行く。それが今朝起きてから頭の中の大半を占めていることであった。土曜日ということもありいつもだったら、街にショッピングに出かけてレストランで食事をして帰ってくることが多い。しかし、今日、頭にあるのは、とにかくまず江上教授の研究室に行かなければならないということであった。

 江上教授は、今横領の容疑で逮捕されている今川健の弁護士の高山光昭とは長年の付き合いである。お互いの得意分野で相手の仕事上で協力しあってきた。以前今川健が逮捕された時江上教授の協力のお陰で、高山弁護士は今川健を78時間以内に開放させることが出来た。お互いの信頼関係は今でも依然として強い。その高山弁護士も江上教授の研究室に来ると響子は、江上教授から聞いている。

 江上教授に言わせると、響子が持っていくことになっているエクセルファイルの情報は、真犯人を突き止める有力な情報になるかもしれないという。そして今川健をすぐにでも開放させることができるかもしれないという。

 江上教授の説明を聞いていた時、USBメモリーの持ち主が旬一かもしれないという疑惑が尚更ますます強まっていくような気がした。

 これから江上教授の研究室に行って、問題のエクセルファイルの保存されているUSBファイルを江上教授に渡す。高山弁護士は既に来ているかも知れない。江上教授の話からすれば、二人がエクセルファイルの情報を調べれば、その出処を突き止めるまでさほど時間がかからないだろう。旬一の名前があがっていく可能性も否定できない。それほどまでに江上教授は、直接エクセルファイルの中身を実際見なくても、響子が説明した内容から、エクセルファイルに記録されている情報の有用性を感じ取っていたようである。

 江上教授と高山弁護士が、エクセルファイルの情報を元に辿っていった時、浮かび上がってくる真犯人が旬一でなければと、響子は願って止まなかった。あのタブのタイトルの名前の付け方の癖にしても、あれくらいの偶然の一致はあってもおかしくないはずだ。最初タブのタイトルがSheet1のシートが一枚あって、シートを増やしていく時、Sheet2,Shee3というふうに番号が増えて自動的にタイトル名がつけられる。そこに()を加えてタブのタイトルにすることくらい、手っ取り早い方法としてコンピューターの熟練者なら考えそうなものだ。駅の通路で誰かが響子のバッグのポケットに、USBメモリーを入れたと考えることも、ありえないことではないかもしれない。旬一を憎むものがいて、響子のバッグのポケットにこっそり嘘情報のエクセルファイルが入ったUSBメモリー入れることで、旬一に汚名を着せたいと思っているものがいるのかもしれない。旬一が真犯人でないことを願う響子の思いが、次から次へと妄想を掻き立てていくのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る