第1章 7

 次の日出社したときの旬一の反応を考えていることに気がついたとき、響子は、ロッカールームに写っている自分の姿を嫌悪感をもって見つめた。書店に寄ってパソコン専門の雑誌を買い、パソコンの広告に写っている女優と同じ衣服を百貨店で購入したのが自分とは別の女性に思えてならないのだった。なぜそのような行動をとってしまったかと自問するような後悔の念さえあった。普段買うことのない額の衣服をクレジットカードを使ってまで買ったことに嫌悪感を感じないではいられなかった。

 ロッカールームを出てデスクに向かっていく日常のなんでもないような行動が、苦痛なことに思えてしまうのであった。

 旬一はデスクでパソコンのキーボードを打っていた。響子がデスクに座ったとき、そのことに気づいていないかのようにパソコンのキーボードを打ち続けていた。キーボードを打つ音が止むとレーザープリンターが起動する音のあとコピー用紙が出力される音がした。旬一はプリンターのところへ歩いていきコピー用紙をもって響子のデスクへ向かった。響子に出力されたコピー用紙を渡すとその日の作業内容を説明した。旬一の反応はいつもと変わりのないものであった。落胆と安堵感の入り混じった奇妙な感情で胸が疼くのを響子は感じた。

 商品部情報課の課長である山辺幹夫は違っていた。パソコン専門誌の中の女優と同じ服装でロッカールームから出て来きた響子を、幹夫は好奇の眼差しで見るというより、物色するような目で見ていたような瞬間があったように響子は感じたのである。そのことには理由があった。30代と言っても、40に近い30代であるが、妻帯者である。子供はまだいない。そのことが理由であるのかどうかわからないが、夫婦仲がよくないらしい。幹夫が出張で不在のとき、昼休みや勤務時間終了後幹夫のことが話題にあがり盛り上がることがよくある。響子はゴシップが好きではなかったので、そのような話題になったとき無理やり仕事を作って、ひたすらパソコンのキーボードを打つのである。

 たまたま商品部情報課の社員が出張や外出で、商品情報課室にいるのが響子と幹夫だけの時間があった。パソコンのキーボードを打ちながらひたすらHTMLと格闘している響子のところへ幹夫が近づいてきた。幹夫が近づいてきたことに気づかない振りをしてひたすらキーボードを打っている響子に向かって、話しかけてきた。最初は響子が携わっているホームページの仕事の大変さを労るような当たり障りのないことを話しかけていた。そのうち仕事の相談を外でしようかというようなことを言い出してきた。幹夫と二人だけで外で食事をしながら仕事の打ち合わせをする必要性というものは明らかになかった訳で、響子にしつこく空いている日時を聞いてくる幹夫をどうにかはぐらかしていた。はぐらかしていることが限界に達しそうになったとき、商品部情報課の外出していた社員たちが戻ってきた。

 その日はそれだけですんだが、その後何度か幹夫と商品情報課室で二人だけになったことがあり、そのたびにレストランでの夕食を交えた二人だけの打ち合わせに誘われた。毎回他の社員が戻ってきたことで救われたが、以後幹夫と二人きりになる場面が予想されたときは、その度外出の口実を作って外出することにした。

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