第1章 8

 出社して、デスクに着いた。パソコンの電源を入れて起動させ、ログオンしたとき、響子は体中を得体のしれない極小生物が走り回っているような気味悪さを覚えた。デフォルトの湖と森の絵を背景としたデスクトップ画面が変わっていた。女優をモデルとしたパソコン広告の写真がデスクトップの背景画面として映し出されていた。それは響子が購入したパソコン専門誌の中にあった広告で、響子がその服装を真似したものであった。

 響子は入社式翌日から受けたオリエンテーションのときのことを思い出した。オリエンテーションの中でパソコンに関する説明があったとき、幹夫からIDとパスワードが書かれた用紙が渡された。そのときパスワードを書き換えるように言われていたが、変えずにそのまま使っていた。鍵のかかる一番上の引き出しを開け、IDとパスワードが書かれた用紙を取り出した。パソコンのパスワードを変えて、デスクトップの背景画面をデフォルトの湖と森の写真に変えた。

 パソコンのデスクトップの背景画面を書き換えたのは、幹夫の仕業であると、響子は確信していた。再三の誘いを断った響子のことを幹夫はよく思っているはずはなかった。彼女が出張か外出している時に、彼女のパソコンにデフォルトのパスワードを試しにいれてみたら、ログオン出来たので、腹いせにデスクトップの画面を書き換えたに違いない。響子は幹夫に対してそのように思わずにはいられなかった。

 翌日パソコンにログオンしたとき当然デフォルトの湖と森の写真の画面が出てくると思っていた。期待とは反してあのパソコン専門誌の広告の写真が出てきたとき、彼女は大声で叫びそうになってしまった。幹夫の仕業と思っていた響子は、コンピューターの専門家である旬一に相談することにした。幹夫が外出しているときを見計らって、旬一にデスクトップ画面のことを話した。幹夫を疑っていることは一切触れなかった。

 旬一にデスクトップの背景写真が勝手に変更されたことを話して以来、デスクトップの写真が勝手に変更されることはなくなった。旬一にそのことを頼んだ覚えはないが、彼が何かしら手を打ってくれたに違いないと響子は確信した。社内にはサーバーがあり、それにどんな機能があるのか響子は知らなかった。旬一はサーバー管理者のひとりであるが、そのことを知らなかった。にもかかわらず、デスクトップの背景の写真の問題を解決してくれたのは旬一に違いないと響子は信じていた。このこと以来響子の旬一に対する尊敬以上の感情がさらに強まっていった。

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