第25話 元勇者、波乱の予感

 ――気づけば俺は、冒険者学校の医務室で横になっていた。

 背中に負った傷は、ユノが治してくれたのだろう。

 寝台の傍ら、疲労が溜まっていたのか寝息を立てているユノ。

 起きたら礼をしなくては――。

 

 規則正しい呼吸と窓から漏れる環境音が心地よく聞こえる。

 とても清々しい目覚めだ。


 なんてことはない。

 

 あれは……。

 

 夢か…………。

 

 ………………違うだろうなあ。


 あれは悪夢なんかではなくて、まぎれもなく現実。

 アリスが俺に干渉してきて、これからも構ってくれるというありがた迷惑な話。

 

 アレのやろうとしていることを未然に防ぐことはできない。

 俺はその場に直面して、行き当りばったりの見切り発車で目先の無事だけを確認して進んでいくしかない。


 ――放課後を知らせる鐘の音が鳴る。


「――んん……あら? もう……放課後…………?」


「起きたか」


 ユノの目が覚めると同時に俺は腰を上げ、ベッドから降りる。

 

「――トーマ!? 急にぶくぶく泡吹いて白目剥いて、気絶したと思ったらいつまで寝コケてんのよ!」


「いっ……おまっ病み上がりにグー!? ――って、え……なんでそんな酷い絵面なわけ?」


 本当に、一挙手一投足まで嫌がらせの精神を忘れないアリスには頭の下がる思いだ。

 

「もう……。トーマ、アンタが、本当に……」


「――なんだよ?」


 急に神妙になって、言いよどんで、俯いて、続きを言いかけて、途中でやめて。

 その後に続く言葉が何なのか。

 反射的に聞き返してしまい、瞬時に後悔した。


「本当に……」


「――――」


 やっぱり言わなくていいと、静止を呼びかけようとして声が詰まる。


「――勇者なのよね?」


 違う。

 今の俺はそんなのじゃない。



「この世界、困ってる人たちみぃーんな拾い上げて、救って、助けてくれる勇者なんでしょ?」


 違う。


 立派で身の丈に合わない分不相応な目標を掲げて死んだ――ただの敗者だ。


「私たちと一緒に戦ってくれる、私たちと一緒に魔王を倒してくれるのよね?」


 違う。


 そう誓って無駄に散らした命をいくつも見てきた、見殺しにしてきた――最低な野郎だ。


 目の前の少女すらも……。


「ねえ――っ」


「――起きておるか~? って……わらわお呼びでない?」


「そんなまさか、魔王様が見舞いに来てくださったというのにそれを足蹴になどできるはずが――ユノ……?」   

 

 幸か不幸かユノの話を遮ってくれたのは、授業を終えたマオと、それに追従してきたアルバ。


「……いや、大した話じゃない」


 俺は――逃げた。


 このまま聞かなかったことにでもして、知らないフリをすればいい。

 なにもかもはぐらかして、誤魔化し続けてこの四人で冒険者パーティーとして名を馳せるとしよう。

 

「お兄ちゃん……」


「ユノ……」


 こちらもこちらで訳ありのよう――、


「ユノ、お兄ちゃんは恥ずかしいからやめてくれと何度も……兄さんとかお兄様とか」


「お兄ちゃんのどこが恥ずかしいのよ!? お兄様のほうが恥ずかしいでしょ!?」


 ……ではないらしい。

 ユノとアルバのやり取りは本当に兄妹なのかなんて疑う余地も残されていない。


 まったく、先の静けさはどこへやら。

 ユノと二人きりの気まずさから一転、一気に賑やかになる。

 とりあえず、今日のところはこのまま流れてくれそう――。

 

「我はホモン第八王子。ここか――我々高貴なる存在をコケにしたという平民がいるのは!」


 医務室の扉を乱雑に開け放ち、第一声からご丁寧に身分差を教えてくれるホモンくん。


「そんなわけにはいかないか……」


「ん? あそこまで派手にやらかして無事で済むと思ったか、平民」


「え、王子? 急に何? 何の話なわけ? マオ知ってる?」


わらわに聞くでない。此奴こやつはトーマに向かって言っておるではないか」


 俺の独り言を拾って、粋がる王族様。

 もはや認知されているのかすら怪しいお立場である。


 どこを歩くにも華美に着飾り、ここで学ぶ限りそれなりの運動量があるはずなのにぶくぶくと太っている――欲の塊のような彼が放った脅しは、先日のオマーン公爵家六男坊に関わることだろう。

 ユノはともかくマオは当事者だったはずだし、キミがベソかかなきゃこんな展開にはならなかったのだが……。


 ……さて、どうしたものか――、


「――おい」


 敵意むき出しの、あからさまに喧嘩腰の一言が思考を横切る。


「ん? 他にも一人頭の足りないやつがいるらしいな? 平民ごときが我々に声をかけるときは、すみませんがと、お手を煩わせて申し訳ありませんがと、謝罪から始めるよう習わなかったか?」


 アルバの不遜な態度に、なおも貴族らしい傲慢さをあらわにする。

 これでも俺からすれば、周囲を瓦礫の山と火の海にしないだけマシというもの。

 可愛げすら感じる。

 

「相も変わらず……まあいい。――オマエの探し人は俺だ」


「……は? いや、それは違っ――」


 怒りの矛先は自分に向けられるべきだと、軽く言ってのけたアルバに俺は一瞬、理解が追いつかず、かろうじて出した言葉は歯切れの悪いものになる。

 

「事の発端は俺だ。何も違わない」


「それとこれとは――」


「あー、まあ落ち着け。オマエらの泥臭い友情ごっこに、貴重な時間を割かれるこっちの身にもなってほしい」


 罪の所在はどちらにあるべきか。

 この堂々巡りを制し、ホモンは一つの提案を持ちかける。


「このホモン、寛大な心を持って、そして激臭漂うその馴れ合いに免じて――」


 尊大な心と安い挑発で区切って、ホモンは俺とアルバを舐めるような視線で流し見る。

 そして――、


「――オマエら四人とも、仲良く性奴隷として飼い殺してあげよう」


 刹那、一瞬で距離を詰めたアルバの、その拳がホモンの横っ面を、その頬骨を砕き割る音がした。


 なるほど、アルバとユノが兄妹だと確信したと同時、俺はこの先――波乱の予感を抱くのだった。

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