第24話 元勇者にいまさら何用で

 ――元勇者を元勇者足らしめた張本人。


 その声を忘れるはずもなく、その嫌味ったらしい口調も覚えている。

 地平線も境界もない真っ白な風景にも既視感が。

 しかし、そうだとして、されど俺に死んだ覚えはなく……。

 いや、背中は削れてたけど、でも……。


「アリス――」


「久しぶりだね、トーマ。第二の人生を楽しんでくれているみたいで、こちとらちっとも楽しくないよ。まあ、正確には第一の人生の焼き増しみたいなものか。……どうやら、キミは本を繰り返し読んでも楽しめるたちらしい」


「……今と昔じゃ、読んでる本が似ても似つかない。ただ表紙が一緒なだけ……。っていうか、元の場所に戻せよ!?」


 俺の訴えに、アリスは酷く驚いてみせる。


「キミの口からそれを聞かされるとは思わなかったよ。嫌々、仕方なく、強いて言うなら死ぬよりはマシくらいのスタンスで日々を消費しているものだとばかり――」


「――っ!? ……それは、まあ、色々あったんだよ。見てたら分かるだろうが!」


 手のひらを返す形となってしまった気恥ずかしさから、アリスに噛みつかんばかりの物言いとなってしまった。


「見てないよ」


 ……ん?


「だから見てないって、最初の、生まれたところぐらいしかね」


 ……んん?


「もう僕は満たされたから」


 アリスはこの状況へと至った経緯を根底から覆すような発言を、平然と言ってのける。


「ちょ、ちょっと待てよ! それじゃあ、この前と一緒だ。先の見えない話し方をするな。順序立ててくれよ」


 かったるいなあと、しかと顔に書いてあるが、こればかりはちゃんとしてほしい。


「いやね、キミがショタ勇者になってロリ魔王をどう捌くのかってところに興味があったわけだけど、キミってすんんんっごい石橋叩くじゃん。なんで魔王と友情ごっこしてるのさ? 勇者と魔王なんていう暴力の頂点みたいなやつがさ、豪快に戦闘するから面白いんじゃん。キミは何も考えずに、ただ打倒魔王を掲げて、あの手この手で攻めればよかったのに。そしたら、魔王だって勇者風情がとか、人類滅べとか言いながら本性表すじゃん。そんな簡単な構図とかお約束とかをキミってやつは難しくね繰りまわして、十二年もちんたらしてる間に、ほらこれ! 読みたい異世界モノが見つかったの! エムエフ文庫から出た『異世界にて最強の童貞となった俺の周りにはなぜだかビッチしかいない』、これいいよ。簡単にイチャラブしない感じが堪らないんだ。処女性を求めて止まない童貞主人公ってのがもう――。布教したいレベルだよ」

 お約束ってなんだよとか、その話を聞いてどうして読みたいと思えるのか、楽しいと思えるのか、普通はヤりたいのではないのか、疑問は尽きない。

 しかし、アリスの表情と声音に嘘を感ぜられない。

 この神様も大概である。


「無茶苦茶な……。じゃあ、もう俺は元の世界には――?」


「もとより無茶苦茶から始まったキミの人生なわけだし、べつにいいじゃん?」


「それもそうだな――ってなるか!? 嫌々だろうがなんだろうが、こちとら十二年も生きてんだよ! 終始オマエの勝手なんてあってたまるか!」


 彼が座っている座椅子の傍ら積まれた本の高さは以前にも増してうず高く、天にも上りそうなほど。

 その中のたった数冊、数巻が彼の琴線きんせんに触れ、俺を振り回しているのだと考えると、以前は何とも思わなかった、思う暇もなかった光景にもふつふつと怒りが湧き、苛立ちもつのる。


「――ま、でも新しい転生先に君を寄越すよりかは、元に戻す方が断然簡単だしね。いいよ、戻してあげる」


 こうまで弄ばれる存在なのだろうか、人間は。

 なんて矮小で、ちっぽけで。

 そう考えて、飲み込むのが無難のように思えてくる。

 大人いわく、世界は広い。


「じゃ、いってら―」


 何もかもおざなりに済まし、適当に手を振ってみせるアリス。 

 最後に見えた、嬉々として本を片手に、鼻息を荒げるその姿は神というにはあまりに……。


「あ、そうだ。これから先、ちょっとした邪魔が入っちゃうこともあるかもしれないね」


 不遜な感想を抱いた仕返しとも取れる、最悪な土産話を持たされて元いた場所へと戻されるのだった。


「ッッくそったれがあああああぁぁぁぁぁ!」

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