第23話 元勇者たちの撤退戦Ⅱ

 この人生でユノとパーティーを組むのはお初。

 だが、俺からすれば旧知の仲。

 ユノの動きに合わせるなど朝飯前だ……たぶん。


 前回の人生では俺が勇者として前線に出張り、ユノには後衛に徹してもらっていたが、今回は力関係が完全に逆転している。


 それは単にジェニトを握っていないがため。

 ……もうここまできたらコイツに頼ったほうが、なんて考えが過ぎるが、すんでのところで思い留まる。


 ユノの剛腕、豪脚、潔いまでの猪突猛進、小細工駆け引き一切なしの力押し。

 それに合わせて、俺は横からちょっかいをかけつつ、ラージアントを斬り伏せていく。


 クトリスとマオ……というかほぼ前者の独力で、散発的に出てくるラージアントを潰してもらい、少しずつ出来上がっていく退路を崩壊させないよう俺とユノの二人で守りながら、じりじりと下がっていく形に落ち着いた。


 ――そして、見えるはダンジョンの出口。

 二度と入り口として使うものかと決意する。


 希望を目の端に捉え、未だクイーンアントがにじり寄ってくる方へと向き直る。

 この光明が見えてくるまでに殺してきたラージアントは数知れず。

 向こうの攻勢もだいぶ弱まってきている。


「安堵にのぼせたら、死が間合いに入ってくるわよ! 入ってきてもぶっ潰すけど!」


「――――」


 よく人のことを見ている。

 伊達に救世の聖女と讃えられるまで万人を救い上げていない。


「ウソ――」


 ユノの忠告があった傍から、凄まじい地鳴りとクトリス教官の愕然としたお声が上がった。

 ゴールも目前、後退しきるまで残り数匹倒せればというところでクイーンアントが待ったをかける。


「俺たちが逃げ切るか、アレに押しつぶされるのが先か――ってところか」


 ゴリゴリとデカい図体を引きずって迫ってくる姿は、当初シュールに見えていたが、今をもってその様子に一欠片の面白みも感じることはなくなってしまった。


「いいえ、選択肢が一つ足りないわ!」


「――――」


「アイツを倒すに決まってるじゃない!」


 俺の選択肢二つを潰して、無茶を言ってのけるユノには呆れかえるしかない。

 大人だった頃のユノの方がもう少ししおらしかったように感じる。


「アレを野放しにしたら下に退避した人たちと鉢合わせになってしまうわ!」


 一つも取りこぼすことなく、救い切る。

 その意志はどこまでも優しく、したたかな女の子のただ一つの願い。


「無理だろ……」


「どうだか――っでもね! やらずに死ぬより、やって生き延びなさい!」


 その言い方は……ずるい。

 ユノの方がよっぽど勇者らしいではないか。

 ジェニトも見る目がない。


「……ああ、やって後悔しよう」


「後悔なんか――死んでもさせないわ!」


 その啖呵は俺にとっては意味深すぎるからやめていただきたい。

 ユノを死なせるぐらいであれば、先ほどは遠慮したジェニト案件を引っ張り出し、勇者に――はやっぱり断固として拒否する。

 しかし、是が非でも現状使えるもの全てを使って、救ってみせる所存。


「まあ、頼もしいですね」


「うぅ、む」


 そうして、今しがたのやり取りを聞いていたであろうクトリスとマオも、今まで切り開いてきた退路を捨て、クイーンアントと対峙する。


「――あ」


 思いついた、この場を切り抜ける打開策を。

 パーティーが同じ方向を向いたからこそ閃いた。

 ここにきてようやく策士トーマの降臨である。


「作戦がある! 先生とユノで魔法障壁を張ってもらいたい! ――いけるか?」


「ええ、できるわ」


「できます」


「よし。それで、だ――」


 俺はマオに目線をやる。

 おのずと残り二名の視線もそちらへ。


「むぅ……」


 むくれている。

 この状況に何か不満があるらしい。

 

「オマエにはあのアホみたいな火力の火球をぶっ放してもらう。障壁一枚じゃ心許なかったが、二枚あれば何とか持ちこたえられるだろ」


「やだ!」


 ……魔王様渾身のやだが発動する。

 たった二文字で人を死地に追いやるとは……魔王としての素質が見て取れ――、

 

「――ってなんでだよ!?」

 

「ユノちゃんが無視したからなっ!」


 この後に及んで喧嘩の続きをしようというのか。

 魔王と聖女は良くても、残された二名はまぎれもなくか弱い人間である。

 自然、俺とクトリスは避難するような視線をユノに送る。


「マオ……ごめんね! どんな顔して、何喋ったらいいか分からなくて……」


「う……でも! 魔王が嫌いみたいだし!」


 あっさりと謝ってみせたユノをまだ許せないとばかりに、そう言い放つ。

 その言葉は、簡単にユノの中で飲み込むことのできないもので、どんなに仲が良かろうと決して線引きできるはずがなくて――、


「――でも、マオは好きよ」


 それは不意打ち。

 向けられたのは愛の告白じみた陳腐な言葉。


「マオのことは大好き、これからも仲良くしてね」


 それは紛れもない本心だと、ほんのり赤く染まった頬が、語りかける表情がそう告げていた。


「うなあああぁぁ――っ!? な、何を言って……」


 真正面切って、直球で、本心を向けられようならマオでなくてもそのような反応になるだろう。


「――マオ、力を貸して」


 だから、喧嘩なんてどうでもいいし、さかだっていた気が優しく撫でつけられて、甘やかされて――、


「……うむ」


 受け入れてしまうんだ。

 

「――よし! 俺の作戦は成った! あとはよろしく!」


「ええ、大船で寝転がって待ってなさいな!」


 さすがにそこまで胡坐をかくつもりは……。

 あと、クトリスさん? そのジト目はやめてください。

 この作戦において、魔法がからっきしの俺が一番非力なのだから。

 くそう、ジェニトさえ抜けば、こんな思い……いや、抜かない。勇者にもならない。


「来たわ!」


 その合図とともに同所に緊張が走る。

 俺自身はユノの言う通り、鼻くそをほじっていようが、自分を慰めていようが、構わない立場ではあるが、ここはひとつキリっと力んで見せる。


「魔法障壁展開します!」


 まさに可及的速やかに、きたる火球の顕現に備えて半透明の壁が造り出される。

 俺たちの命を委ねるに相応しい重厚な二枚の盾が重ねられ、準備万端。


「マオ! アイツを消し炭にしてやれ!」


「今度こそ任されたぞ! 止めるでないぞ!」


 当たり前だ――とやる気全開のマオに力強く首肯する。


「ふんぬっ――おおぉぉぉおおおお!」


 おおよそかわいいお口から発せられる雄叫びではないが、それを茶化す暇などなく、巨大な魔法陣が障壁の外側に作り出される。


「お、おぉ……」


 二人が展開してくれた障壁のおかげで、熱は完全に遮断されている。

 最初に見た物より、炎の色が白く、魔法障壁がチリチリと燃えて――。


「――っておい、燃えてるぞ!?」


「ちょ、ちょっとマオ! さっさと撃ちなさいよ!」


「そうですよ! そんな高位魔法維持し続けてたら、障壁の魔力まで熱量に――」


「あとちょっと、あとちょっとで、出そう……なのだ……」


 何が!? と役立たずな元勇者などは興味を掻き立てられるが、もちろんそんなムードではない。


「――マオ!」


「ここにあと少し魔力を注ぐと完璧に……」


「おい、マオ!」


 ……聞いていない。

 ――かくなるうえは!


 射出方向に伸ばしている腕の下、胸当てのベルトを避け、比較的薄着な何のクビレもない柔らかい脇腹に手を添えてみる。

 そのまま指の腹を薄く滑らせる感じで。


「うひっひな、ひっにを――あう……ふぁあぁ!?」


 ……まあ、くすぐりたくもなる。

 そんな脇腹だったよ。


 そうして、高出力の魔力塊はゆっくりと育ての親の手元を離れて――。

 

 ――着弾。


 「うおっ!?」


 熱は防げても、衝撃は防げず――。


 クイーンアントの焼死体を確認することもなく、出口へと吹き飛ばされる。

 ダンジョン外に出た以上、追手はないと安堵も束の間。

 全員、華麗に受け身を取っているなか――。

 俺だけが盛大に背中を打ちつけ、そのまま勢い余って後頭部から地面にスライディング。


「熱っ! 頭禿げた! 背中ズル剥けた! 絶対皮がベロンってなってる! 熱っ!?」


 転げまわる俺を見て、これを切り抜けた仲間はおろか外で心配していたヤツすらも苦笑い。

 ……プライドなんて生きていくうえであまり重要ではないのかもしれない。


「妾をくすぐるからこうなる!」


 曰く当然の報いだと、そう語ってみせるマオの横顔は久しぶりに浴びたお天道様の元、とても肌艶がよろしく。

 今回の一件で派手に魔法をぶちかませたのが、魔王的に楽しかったのではと思ってみたり。


「マオがさっさとしないからでしょ! とても焦ったわ! どれくらい焦ったかっていうと、死ぬかもと思うくらいには焦ったわ!」


 腕組みをして、偉そうに死ぬかと思ったと当代魔王に語るユノは、そうは言っていても全然怒っていなくて、なんのわだかまりも感じさせない。


「でも、任された! 妾はトーマに任されたからな!」


 ――楽しそうだな、と。


 ――願わくばこのまま、と切に思う元勇者。


 ……背中痛い――。


 ***


「――やあ、随分と清々しく、憎たらしい笑顔を見せてくれるじゃないか」


 ――え。

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