第13話 元勇者が俺で、じゃあオマエらは?Ⅰ
当初抱いていた楽勝ムードとは程遠い結果を経て二限目を迎える前に、わずかばかりの自由時間を使って町に繰り出し、安いズボンを追い求める羽目となった。
少なくない散財、予期せぬ買い物が地味に財布に痛い。
新品のズボンで臨んだ二限目は座学。
俺はこれをうつらうつらと舟を漕いで流した。
それでも半分眠りながら聞いていた話では、先の戦闘演習にてラージャント相手に無傷で済んでいたのは俺だけのようだ。
他は大なり小なり負傷してのクリアだったとのこと。
この結果を生み出した原因はひとえに生徒側の無知であるがゆえに、今後は教官である私たちの言うことに従順であるように、さすれば云々。
大方、俺の読みは正解だったというわけだ。
まあ、俺も心に傷を負っている。
勇者であった、大人であった時分が鮮明すぎて、現状置かれている身の上を理解しきれていなかったのだから。
ジェニトの不使用を誓っている今、あの頃振るっていた剣技もまた失われている。多少覚えがあるから剣を使っているが、その感覚だって勇者として培ったものだ。
――まさかまさか、剣の一振りが飛ぶ斬撃となって、向こう十数メートルの敵を真っ二つに両断するなど、この細く未成熟な腕には到底無理な芸当だろう。
そう考えると、元勇者はこの学び舎にて、正しく、誠実であらねばならないような気がしてきた。でなければ、この先己の未熟さが起因して、死を予感させるような場面に至ったとき、ジェニトを抜きかねない。一度経験しているとはいえ、死にたくはないと考えるのが人というものだ。
そして、冒険者としての自分を貫き通し、ことごとく勇者へと
――たとえどれだけの年月がかかったとしても。
「であれば、今後は真面目に……だな、うん」
座学もできる限り聞くようにしよう。
それにしても、どうして……どうして、俺ばかりに難題、命題、緊急事態が重なっているのか。
――俺がトラブルメーカーなのか、はたまた巻き込まれ体質なのか……。
いずれにしても俺を中心に世界が回っているのではと勘違いしたくなるほどの出来栄え。
あまりに出来過ぎな俺の人生という名の物語を恨まずにはいられない。
***
「明日も二人組でパーティーを組んで、実戦ですよー。ではさようならー……」
クトリス先生……連絡事項を言い終える前に教室を出た者が半数を超えております。人望なさすぎませんか?
よく見れば、周りは馴れ合いの一環として友達作りに励んでいた。
俺もそうした日常的風景に溶け込みたいが、今さら子供と子供らしく遊ぶのもどうかと考える。
「――
「――――っ!?」
何とも知れぬ声が出そうになった。みっともない声だ。
咄嗟に飲み込んだ自分を褒め称えたい。
――何に驚愕し、何に恐怖したのか。
珍しい人称で喋るヤツなんてごまんといるではないか。ウチ、ワシ、おいら、アタイ、わっち。
――しかしよりによって『妾』である。
この手の世界で、それは……『魔王』の特徴となりうるのではないか。
自然、目は必死に声の主を探す。
「妾と! 遊んではくれぬか!?」
続けて繰り出される『妾』に心臓がどうしようもなく跳ね上がる。
幼い声音の持ち主は全く相手にされていないらしい。落ち着いて聞いてみれば、俺が知っている声とは程遠いうえ、口調もたどたどしいではないか。
しかし――仮に当代の勇者候補が俺であるなら、当代の魔王も大差ない年頃だろう。
首を動かすのはもちろん身じろぎ一つ
全身震えすぎて、体中の筋肉が痛くなってきた。
もはやラージャントごときに恐怖するなんてことはないであろう。
世界は広い。
この教室にしたって子供なんて大勢散らばっている。
その中で、どうして、よりにもよって目の届くところに――。
最初に何かしらの関係を持つ異性はユノだとばかり思っていたから、驚きも恐怖もひとしおである。
背中も脇も、履き替えたばかりの股ぐらさえもびっしょりである。
「――妾と……友達になってくれぬか?」
背後――。
声をかけられる番となったのは、白羽の矢が立ったのは元勇者であり、かけてきたのは――。
「なんでっ! 一番にっ! 私に声をかけないのよ!」
「――あだっ!? ユノちゃん!?」
「ユノ!?」
「あー……トーマにはまだ名前言ってなかったわね。――って名前ぐらい聞きなさいよ!」
「がふっ……」
『トーマよォ、村を出てッからここ最近、ずっとこんなんだなァ』
――オマエが俺の気持ちを汲み取って代弁するなんてふざけろよ……。
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