第14話 元勇者が俺で、じゃあオマエらは?Ⅱ

「ユノちゃん! なぜわらわは殴られたのかの!?」


「ごめんマオ――ついクセで……『ヒール』」


「そのようなクセ、すぐに改めぬか!?」


 一限目の最初に鉢合わせた黒髪ショートの子――マオが苦言を呈すが、まるで悪びれていない様子。当代魔王疑惑のある彼女からユノと呼ばれたバイオレンス少女は、慣れた手付きで治癒魔法をかけていた。

 

 殴られたのに殺そうとしない『魔王』候補。

 スキンシップと言わんばかりに、事も無げに殴る蹴るの暴行に及ぶ元『救世の聖女』。

 

 ……ないな。それはない。同名ってだけだろうよ。


 そもそも魔王の生い立ちなど知りもしないが、ユノに関しては出会うタイミングが違う。


 まず、俺が冒険者学校に通っている間に、勇者になろうなんて馬鹿なことを考えるだろう。そうしたら次は、最強の仲間を探そうとかフザけたことをのたまって、勇者の武勇伝に出てくるような『聖女』や『賢者』、『聖騎士』なんかを探して回るだろう。


 そうして出会ったのが――ユノだった。


 生前ユノに初めて出会ったとき、勇者に協力して魔王を討伐するよう天啓を授かり、仲間の申し出を受けたという話を聞いた。

 生前と今の状況とではまるで経緯いきさつが違うではないか。


「――でも、せっかくパーティー組んで死線をくぐり抜けた仲じゃない? それなのにマオが私を遊びに誘ってくれなかったから……」


 このバイオレンス少女はそんなしおらしい態度も取れるのか。


「あぅ…………すまぬ」


 他方、一人称が妾で黒髪ショートという珍しい髪色をした少女――マオはこちらも素直に謝罪などしている。

 

 ――俺の思い違いだったな!


「で、遊ぶのは良いけど、いったい何をするんだ?」


「うむ! よくぞ聞いてくれたの! 褒めてつかわす!」


 腰に手を当てて薄っぺらい胸を精一杯張るマオ。

 この過剰なまでに尊大な態度に、元勇者の俺なんかはいちいち脂汗を滲ませる羽目になるから、ぜひともやめていただきたい。


「この三人で放課後の部活を! ――魔王軍本部を設立したいと考えておる!」


「え……?」


「は……?」


 ユノと俺は何を言っているのか分からず、数瞬の沈黙ののち――、


『いや……コイツ魔王じゃね?』


 いや、だから俺の気持ちを代弁するなって。


「あのね、マオ! アンタ――それ本気で言ってんの? ねえ?」


「――っ!?」

 ジェニトとの軽口も束の間。

 ユノの口から怒気を孕んだ詰問が吐き出される。

 

「本気だって言うんなら……ごめん。私は……いずれ勇者様にお力添えする身として――としてこの瞬間を見逃すわけにはいかない」


「はひッ!?」


「おいおいおい!? 俺の後ろに隠れるなよ」


「トーマ、アンタも魔王に――?」


 手を貸すのかとか、くみするのかとか言いたげな表情で首をかしげるのやめて!? 目が逝ってますよ、ガン開きですよ!?


 しかし、生前と雰囲気が違えど、この怒りようはなるほどとても聖女らしい――。


「って感心してる場合じゃなかった!? おい、前言撤回しろ! 冗談でしたと言え!」


「やだ! 妾は魔王に――」


 強情っぷりは見事。

 しかし、貫き通すならユノと正面切って言ってもらえ――。


 突如響き渡る破砕音。

 一瞬で目の前の机が木片と化す。

 これに、三十二才はビクリと身体を震わせ、背後から抱きつく形で俺に腕を回しているマオなんかは――、


「もう! ユノちゃんなんてだいっきらい!」


 ……実にお可愛い反応である。

 

「えっ……!? ちょっ、あの……!?」


 予想外の拒絶。

 これには怒髪天をいていたユノも拍子抜け。


「絶交! もう知らぬ! どっか行け! あっち行け! 話しかけるでない!」


「くうううぅぅぅぅ――っ」


 泣きべそをかいて教室を飛び出してしまった。


「妾はっ、ぐすっ……聖女にずびびっ……っ勝ったのか……」


「……そうかもな」


「げほっ、ぐすっ……ユノぢゃん……」


 ……なんだかなあ。

 俺は腰に回された手をほどき、マオの頭を撫ぜながら――、


「今度会ったら、謝れよ……俺も一緒に付いててやるから」


「っ………うむ」


 魔王にならんと志すマオは素直に、コクリと頷いてみせた。


 んー……魔王ってこんなんだっけ?

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