第4話 日常

「今日の晩ご飯はパスタにしようか」


叔父さんの感情の無い声が耳に障る。

料理はメイドが作ることもあるが、いつも僕たちで作っている。

叔父さんは特定の食べ物しか食べない。牛や豚、鶏、動物の肉は食べない主義だそうで。

この宗教にはそんな教えは無いんだけど。


「ねえ、叔父さん」

「ん」

「ミートソースだけはやめてくれよ。今朝の臓物が、赤色がまだ頭から離れてないんだ」

「だったら今日はカルボナーラにしようか」


目に笑ってない笑顔。

この人はいつも何を考えているのだろう。

15年間もずっと一緒に過ごしているのに、人の心を見抜くのが得意な僕にもわからないでいる。


「今日、どうしてパスタにしたんですか」

「ふと思いついたんだよ」

「どうしてカルボナーラに」

「赤色が嫌だと言うからだよ」


読めない。何も読めない。

この人の食べ物の好みすら僕は知らないでいる。それを問えば彼はいつも無い、と答えるから。

ただずっと口角だけを上げながら、茹で上がったパスタとクリームソースを絡めていく。


「お皿を用意してくれるかい」

「はい」


叔父さんは料理が上手だ。僕よりも。

僕はこの人と暮らすようになるまではいつも両親や召使いがやってくれていたから、家事全般は苦手なのだ。


「はい、出来たよ」

「相変わらずお上手で」


席につく。叔父さんはまだ洗い物をしている。

「お先に、いただきます」

フォークでとろとろのソースが絡められた麺を絡めとっていく。


「叔父さんも冷めないうちに召し上がったらどうですか?」

「え?」

一瞬、キョトンと惚けたような顔を見せた。

珍しい。


「今日の君はやたら饒舌だね。冷めても温かくても味は一緒じゃないか」


ああ、そうか。

この人はそうやって育ってきたんだ。


「なら今日は洗い物、僕が代わりますよ。」

「君はそこに座ってただ食べていればいい」

「いえ、いつもやってもらってばかりなので」

「そんなに言うなら、良いけれど」


僕に代わって席に着く。

そういえば、いつもやらせてばかりで出来たてのうちに、なんて考えた事が無かった。


「いただきます」

「作ってない僕が言うのも変ですけど、出来たてのお味は如何ですか」

「美味しいよ」

いつもと変わらない貼り付けたような笑みで。

僕に笑いかける。


叔父さんは料理の味が分からないのだと遠い昔に教えてくれた。

だから、

あれは嘘だ。


「そうですか」


僕は未だにこの人の素性を知らない。

何故、イデアル聖堂が出来たのか。

何時いつからこんなことをやっているのか。

彼が何で出来ているのか。



冷めたパスタはあまり美味しくなかった。

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