第二十六章 白馬の王子様

黒山の人だかりが少しずつ消えて、やっと目の前に賽銭箱が現れた。

気の短い人達が、後ろからコインを投げ込んでいる。


ひとみはつむぎの着物とお揃いの小物入れから財布を取り出すと、千円札を賽銭箱に投げ入れた。

小さい手を合わせ、一心に祈っている。


「えらい、気前がええなあ・・・」


青井は羽織袴の着物に窮屈そうにして簡単にお参りを済ませた。

ひとみは何も言わずに微笑むと、男の腕をとって歩き出した。


昨年は神様にいっぱい借りがあったのだ。

何度、青井との事で願ったり恨んだりしたことだろう。


しかし何の不平も言わず、ひとみを幸せにしてくれた、いいひとなのである。


ひとみは、これからはキリスト教であろうがイスラム教であろうが、神様は何でも大切にしようと思った。

きっとどこかでひとみを見ていてくれるであろう。


二人は十一月の吉日に結婚式を挙げた。

美しい花嫁姿に改めて青井は惚れ直していた。


新婚旅行は箱根に二泊した。

今、営業部は青井を中心に活気づいており、せっかく盛り上がった雰囲気を壊さぬため、本格的な新婚旅行は四月にアメリカに行くことにした。


そこで田坂達とおちあい2、3日程共にディズニーランドにでも行こうと約束した。

山あいの静かな旅館で、青井はおごそかに愛を誓った。


今の幸せな思いを永遠に忘れることなく一生ひとみを愛していく事を。

その夜を思い出して、ひとみは頬を赤く染めた。


もう、青井なしの人生は考えられなかった。

会社で青井をサポートする事は出来なかったが、ずっと夜を共に抱き合って眠る事ができる。


男の息遣いを横で聞きながら夢に旅立てるのだ。

翌朝は、山岳鉄道に乗って美術館に行った。


秋晴の空の下、様々な屋外彫刻の群を、手をつないでゆっくり眺めた。

不思議な時間が流れていく


短い日程がかえって新鮮で、新婚旅行の事は一生忘れないであろうと思った。

今、ひとみは幸せ過ぎて恐いぐらいであった。


だから、さっきは必死に祈ったのである。

青井の健康、仕事の成功、そして・・・二人の子供の事も。


アメリカから帰ったら、すぐ子供をつくりたかった。

もう少し二人でゆっくりしようと青井は言ってくれてはいたが、やはり青井の年齢を考えるとひとみは早く欲しかった。


子供は大好きなのだから。

千円では安すぎたかしらと、少し後悔しながらひとみは歩いている。


神社の参道は長く続いていて色々な露店が出てにぎわっている。

ひとみは辺りを見回すと青井に囁いた。


「ちょっと・・・行ってくる・・・」

青井は着物の袂からタバコを取り出しながら言った。


「どこへ行くんや?」 

ひとみは顔を赤らめると、小さくつぶやいた。


「バカ・・・」

そう言うと小走りになりながら大きな声で言った。


「そこの石段の所で待っていて・・・。

混んでいるかもしれないから」


男はやっと意味がわかったのか、タバコの煙を吐くと手を上げて答えた。

人混みの中に、赤い小袖のひとみが消えていった。


二人で迎える初めての正月である。

早いものだと思った。


ひとみと初めて会ってから、8カ月たった。

最初あんなに毛嫌いされ、何かと逆らってきた爆弾のような女の子が今は自分の妻になっている。


男は神様に感謝したいと思った。

百円しか賽銭をあげなかったのに、ズーズーシー奴である。


吸殻入れを取り出すとタバコをもみ消し、しまった。

そして、何かに気づいたのか歩き出していった。


神社の境内は、様々な願い事を秘めた人達でごったがえしている。

神様も忙しいものである。


ひとみが戻ってくると、男は石段の上で一人座って待っていた。

うれしそうに駆け寄ると、手に何か持って口に運んでいる。


うまそうに頬張ると、熱いのか口をパクパクさせながら食べている。

男はひとみに気がつくと手を上げて、白い歯を見せた。


女はクスクス笑いながら男の横に座り、腕をとって顔を埋めてきた。

まだ笑いが止まらないのか、小さな肩を震わせている。


女は、幼い頃からの夢があった。

自分はいつか必ずプリンプリン王女のように、白馬に乗った王子様のお嫁さんになるのだと。


ひとみは、やっと王子様に会えたのだ。

ひとみの白馬の王子様は、中年で・・・。


手に、タコ焼きを持っている。

そして微笑んだ白い歯には・・・。


青のりが、ついていた。



   

 ふりん×2物語     (完) 

                 

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