第十六章 北極星
ビジネスシートに並んで座ったまま、二人は缶ビールで乾杯した。
山中は旨そうに半分程飲み干すと、興奮気味にまくしたてた。
「やったーですね。
これで日本に帰れば本契約だ。
俺・・・すごくうれしいです。
こんな充実感、会社に入って初めてです」
青井もうれしそうに、ールを味わいながら言った。
「そーやな、俺も正直、れ程うまくいくとは思わなんだよ。
技術提携する企業も、えスタッフばかりで、
おもしろいアイデアがポンポン出とったからな。
帰ったら、員会用の資料作って来週には本契約に
相沢常務と一緒にメスレへ行こか」
「もしかしたら、社長賞が出るかもしれませんよ」
「アホ・・・又そんなに入れ込んで。
まあ、そこまでいかんとしても、
そこそこは誉めてくれるやろ・・・」
そう言うと缶ビールを飲み干し、青井は目を閉じた。
山中はドイツでの青井の活躍を思い出していた。
通訳をあまり使わないで、接メスレ本社の技術者と会話をしていく。
ジェスチャーを交えてメリハリをきかすので、手も真剣に答えてくれる。
それを日本の技術者に分かり易く、時にはバイオの専門用語を交えて説明するので、はトントン拍子にまとまっていった。
夕食等の親睦会では、ーモアとウイットに富んだ話題で出席者を飽きさせず、日本人もドイツ人も青井を中心にこのプロジェクトの手応えを感じていた。
山中も日本で勉強してきた技術的資料を分かり易くまとめ、ノートパソコン等を使ってプレゼンテーションしていく。
二人のコンビは絶妙で、メスレ本社の役員も高く評価してくれた。
それで、さっそく日本に帰ってトップ同士で会って、契約する約束まで取り付けたのである。
とりあえず国際電話で相沢常務に報告し、社長達には仮報告をしてもらっていた。
常務の話では社長もこのプロジェクトに大いに乗り気で、げさでなく社運をかけて取り込む意向だとの事であった。
山中の話は満更嘘ではなく、当に社長賞が出るかもしれないのである。
山中も連日の緊張と疲れで、日は一足先に青井と二人で日本に帰国することになり、に眠気がおそってきた。
ひとみの事はもちろん気にはなっていたが、大きな仕事の充実感でその事を半ば忘れていた。
それにどう考えても、このやり手の課長がそんな軽はずみな事をするわけはないし、ひとみが一人思い込んで突っ走っても、人の包容力で解決してくれると信じていた。
そう考えると勝手なもので、年間片思いをしていたひとみの事よりも、日本で待っている今の恋人の顔を思い浮かべて山中は眠りについた。
幸せな寝顔であった。
3時間程経つと、青井は目を覚ました。
トイレに行って戻ってくると、窓のブラインドをそっと開けて外を見た。
雲の上は当然ながら天気はよく、満天の星空であった。
北斗七星を見つけて、ひしゃくの部分を何倍かにし、北極星を探してみた。
一際光り輝く星を見つけ、その反対側のカシオペア座も見つけると懐かしい思いが胸をよぎった。
よく子供の頃、星を探したものであった。
美都子はどうしているだろうか。
勇太はもう寝たであろうか。
そうか、日本はまだ昼間か。
いや、まてよ、と考えている内に星の形を結ぶと、ひとみの怒って吊り上がった目に似てくる・・・そういえば、爆弾娘は元気にしているだろうか。
喧嘩相手がいなくても、あんなに弾けるように元気なのだろうか。
青井は毎晩寝る前に、ふっとひとみの顔を思い出していた。
苦笑いしながら思った。
自分の娘ほど年齢の離れている女の子を思うなど、ばかげたことであった。
だが・・・と思った。
タクシーに飛び乗った瞬間、青井を見たあの表情が忘れられなかった。
涙で目を潤ませ、何かを訴えるような表情であった。
美しいと青井は思った。
禁断の恋の予感が青井の胸をよぎる。
女の腕の温もり、髪の香り。
もう、何年も忘れていた感情が込み上げてくる。
バカな・・・と思った。
忘れよう・・・そう、それが一番いいことなのだ。
二人にとっても・・・そう自分に言い聞かせて毛布を引き上げると、再び深い眠りにおちていった。
もうすぐ日本に帰る。
勇太と美都子の待っている日本に。
そして・・・ひとみも待っている。
夏の星座が美しく瞬いている。
全世界の人の頭上で、平等に・・・。
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