第六章  同期会

居酒屋独特の喧騒が、辺りを包んでいる。

知らず知らずの内に、話す声も大きくなる。


大きなテーブルには、色々な料理や酒類が所狭しと並んでいる。

不況が長引いたせいもあるが、安くておいしいつまみが多くなった。


種類も豊富で、おさしみ、焼鳥、グラタン、うどん、デザート等、品書きに記されているだけでも200種類以上はある。ビールからレモンサワーに変えた山中は、一期に半分程飲むと、大きくため息をついてグラスを置いた。


「大丈夫・・・?

ちょっとペース早いんじゃないの、今日は?」


優子が心配そうに言った。


「ああ、昨日から明日の役員会の為の資料を

しゃかりきで作っていたから、

やっと終わって気分がいいんだ・・・」


山中はそう言うと又グラスを引き寄せ、喉を鳴らしている。


「そう言えばタコ焼き・・・じゃない、

青井課長も、今日は真剣に何か書いてたわね?」

 

ひとみは言いながら、梅サワーを少しずつ飲んでいる。


「うん、明日の役員会で、

ゴーサインが出ればメスレと契約できそうなんだ。

だから、課長にもがんばってもらわないと・・・」


ひとみは、ゴクンと喉を鳴らすと目を大きくして言った。


「あら、そんな大事な報告書、

私、何も聞いてないわよ。

ワープロ、どうしたのかしら・・・?」 


優子はツナサラダをおいしそうに食べていたが、ひとみの言葉におかしそうにウーロンハイで流し込んでから言った。


「へえー、あんなに文句言ってたのに、

何だかんだ言って気になってんじゃないの?」


「べ、別にそんなんじゃないわよ。

昨日、朝の会議の話をしたでしょ。


この企画・・・おもしろそうなんですもん、

私も何かの形で参加したいだけよ・・・」


ひとみがムキになって言う。

まったく、青井課長がからむとすぐ顔にでるのだ。


そう思った優子は尚もいじわるく言った。


「山中さんもいるし・・・ね?」


優子に言われて、ひとみはテーブルの下で親友をつつきながら小声で言った。


「ちょっとー、変な事言わないでよー。

他の女の子が見てるでしょ・・・。


あんたこそ山中さん好きなんでしょう・・・?

すり替えないでよ」

 

酔いが回っているのか、笑い上戸なのか、優子はくすくす笑いながら言った。


「もー、本当にアブノーマルなんだから、

そんなに田坂課長がいいんなら、

今度橋渡ししようか?


でも待ってよ、中年が好きなんだから

青井課長でもぉ・・・?」


ひとみは、すぐ反応して顔を真っ赤にしてテーブルの下で優子の足をつねってささやいた。


「い、いいかげんにしてよねぇ・・・。

田坂課長はともかく、何であたしがタコ焼き好きに

なんなきゃいけないのよ?」


優子は笑いが止まらなくなったようで、まだクスクス笑っている。


「えっ、タコ焼き・・・・頼むのかい?」

隣の席の男がひとみに聞いた。


「えっ・・・そ、そうね、

一皿・・・・頼みます・・・」 


「すみませーん、タコ焼き一皿お願いします。

それとシーフードグラタンもー・・・」


男が店員に告げると、ひとみと優子は同時に吹き出して笑った。

山中が二人の遣り取りを、不思議そうに眺めている。


優子がそれに気づき、ひとみの膝を叩いて言った。


「ホラホラ、さっき何か言ってたでしょ、ひとみ・・・」


「優子が色々言うから忘れちゃったじゃないの」


ひとみが顔を赤らめて言うと一口グラスの酒を飲んだ。そして山中が口を開いた。


「青井課長・・・・報告書のワープロの話だよ。

今回は、僕の資料と手書きで出すんだって。


あれでも、気を使ってるんだよ・・・課長は。

今日、僕達の同期会があるのと、

早川さんにも色々、無理言ってきたからって・・・」


(あら、あのタコ焼きも、

かわいいところあるじゃない・・・)


ひとみは照れくささを隠すように、グラスを口に運んだ。


「そういえば俺、

このあいだの土曜日、休日出勤してたら、

青井課長が奥さんと子供連れてきてるのを見たぜ。

すっげー美人だったよ・・・」 


同期の中の一人が言った言葉に、一同興味を示して聞いている。


「本当かよ、信じられねーな。

まー、あの年だから結婚はしてるだろうけどさぁ」


みんなヤジ馬気分で、好きな事を言っている。


「いや、それが本当なんだよ・・・。

奥さんの名前呼びつけにしてたし、

子供も、おとうちゃんって呼んでたよ」


「お父ちゃんか、あの人らしいな」

一同、どっとうけている。


「でも、美人だったなー。

背も高い方でスタイルも抜群だったし、

モデルかと思ったよ。

チキショー、うらやましいぞー・・・」


ひとみは戸惑いと好奇心の混ざった表情で、梅ソーダを飲んでいる。


「へえー、どういう風に好きになったんだろう。

おもしろそう・・・」


優子が目を輝かせて男に言った。


「どうせ無理矢理迫ったにきまってるわよぉ。

でも、物好きな人もいるわねー。

あんなタコ焼きオヤジの、どこがいいのかしら?」


そうつぶやいた時、店員が追加のつまみをテーブルに置いた。


「へいっ、タコ焼きとシーフードグラタンお待ちぃ」


ひとみと優子は目を合わせ、又笑っている。 

よく笑う子達だなあと、山中は見つめている。

 

入社三年目、そろそろ会社の中も色々な事が見えてくる頃である。

それでも、まだ・・・夢と希望を持ち合わせて、力がみなぎっている頃でもある。


一同楽しく笑いかつ飲み、話し合っている。

季節もちょうど春。


もうすぐ、ゴールデン・ウィーク間近の週末である。

高層ビルの地下街にある居酒屋で、喧騒に包まれながら同期会は盛り上がっていった。


明日は土曜日、役員会は朝十時から始まる。


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