第3話 5

 そうしてお茶会の日。


 本来は城内にある、フローティア様のサロンで行われる予定だったお茶会は、アーティ様たっての願いという事で、急遽、お城の中庭で開かれる事になりました。


 庭師さんが丁寧に整えているのか、生け垣がいろんな動物の形になっていて可愛いです。


 参加者は五十名ほどで、その多く――二十数名ほどがフローティア様の派閥に属するご令嬢です。


 フローティア様の派閥外で招待されている方は、他派閥の方だそうで。


 お姉様が仰るには。


 姫様ほどの立場になると、お茶会ひとつとっても、招待のあるなしで他派閥に影響を与えてしまうので、パワーバランスを考えて、他派閥の方を招待なさるのだそうです。


 派閥というのは、本当にややこしいものですね。


 ちなみにアーティ様も、わたしと同じくそういうのをややこしいと考えてらっしゃるようで。


 自らの派閥は持たずに、フローティア様の派閥に属する形で落ち着いているそうです。


 そして、派閥の勉強をしていて知ったのですが。


 お姉様はもちろん、オルベール家自体がどこの派閥にも属していないそうです。


 ウチも同様で、強いて挙げるならば、ウチとオルベールの二家でゆるい同盟派閥を組んでいるような形でしょうか。


 これはハブられてるとかそういう事ではなく、政治バランスを取ろうとした結果、どこにも属さない事で、派閥間の調停役を買って出たという事だそうで。


 ……でも、きっとウチは単純に政治が面倒くさいからでしょうね。


 あのお祖父様の事ですし。


 フローティア様への挨拶の順番を待ちながら、わたしはぼんやりそんな事を考えます。


 ――いえ、現実逃避してたワケじゃないんですよ?


 なぜか会場に到着した時から、アーティ様が腕を組んで離してくれないとか。


 それを見たお姉様が、ずっと不機嫌そうにわたしを見つめてくるとか、そういうのは決して関係ありません。


 関係はないのですが……ルシア、ちょっとわたしに助け舟を――


 視線を送ると、ルシアはふるふると首を横に振ります。


 えへへ。


 わたし達もすっかりアイコンタクトで会話できるようになりましたね。


 ――って、ムリ?


 ……そうですか。


 思わずうなだれるわたしに、アーティ様が不思議そうに首を傾げられます。


「――? どうしたのシーラ。お腹でも痛い?」


「……いえ、そうではないのですが……」


 あえて言うなら、お姉様の視線が痛いのです。


「――それにしても、ずいぶんふたりは仲良くなったのね」


 わたしの後にルシアと並んで立つお姉様から、そんな言葉が放たれます。


 明らかに棘のある言葉でしたが、アーティ様は気づいているのかいないのか。


 わたしの左腕に絡めた腕により強く腕を絡めて。


「そうでしょ! あたし達、すっかり仲良しよ。

 ――この出会いをサティリア様に感謝しなきゃ!」


「アレーティア様。

 サティリア様は生と死、そして婚姻の女神ですわ。

 出会いと別れはディオラ様とモニア様――双子の月女神様の領分です」


「もうっ! 相変わらずアリー姉様は細かいなぁ」


 アーティ様が頬を膨らませながらそう仰って。


 お姉様は微笑みながら、左の眉をピクリと動かします。


 あ、この顔知ってます。


 お姉様がイラっとした時の表情です。


「相変わらずなのは、姫様もご一緒のようで。

 ――言葉遣いが奔放なままなご様子……」


「あら、お父様達はそれが可愛いって仰ってくださるわ」


「その言葉には裏があるのでは?」


 そうしてふたりは見つめ合って、なにやらうふふ、ほほほと笑い会います。


 街でアーティ様と友人になった事を、お姉様に報告した時に教えて頂いたのですが。


 ふたりの王女様達も、かつてはお姉様と共に礼儀作法を学んでいたそうで。


 けれど、お姉様の苛烈な鍛錬に耐えきれなくなり、まずはアーティ様が逃亡し、しばらくは食い下がっていたフローティア様も、ついには音を上げられたのだとか。


 そんな事があっても、友人としての付き合いは続いているようで。


 今、目の前で繰り広げられてる、おふたりのやり取りも、幼馴染特有のじゃれ合いみたいなものなんですかね?


 そうこうする間にも列は進み、わたしが挨拶する番となりました。


 椅子に腰掛けたフローティア様に、わたしはカーテシーして。


「――本日はお招きに預かり、光栄にございます」


 定型文の挨拶を告げれば、フローティア様は微笑みのまま視線をわたしの左手に。


 そうですよね?


 おかしいですよね?


 フローティア様もそう思いますよね?


 カーテシーの間も、アーティ様、手を離してくれないんですよ!


「……アーティから話は聞かされていたけれど。

 ――本当に仲良くなったのねぇ」


 おっとりと告げられるフローティア様。


 ――仲良くというか、アーティ様の距離の詰め方、エグくないですか?


 そんな内心を吐露するわけにもいかず。


 けれど、フローティア様は察するところがあったのか。


「シーラ、この子はいままで同い歳の友人がいなかったから。

 ちょっとはしゃいじゃってるみたいね。

 許してあげてね?

 これからも仲良くしてあげてくれると、わたしも嬉しいわ」


 そう仰ってくださいました。


「恐れ多い事ですが、精一杯努めさせて頂きます」


 わたしはそう応えて、頭を垂れます。


 と、そこでアーティ様がわたしの腕を引きました。


「――ね、もう良いでしょ?

 シーラ、あなたの席はこっち! あたしの隣よ!」


「あ、あ、あっ!?

 フ、フローティア殿下、失礼致します~」


 なんとも締まらない事に。


 わたしはアーティ様に引きずられるようにして、その御前を辞する事となったのです。


 ああ、お姉様の視線が痛い。


 そうしてアーティ様に案内された席は、中庭にいくつも並べられたテーブルの端の方で。


 ウサギの形に可愛くカットされた植木の、すぐ下のテーブルでした。


「アリー姉様と、ご友人の方――ルシアさんだっけ?

 ふたりも挨拶が終わったらくるから。

 座って待ってましょ」


 笑顔でそう告げられるアーティ様。


「……あの、アーティ様はご挨拶などはよろしいのですか?」


 するとアーティ様は肩を竦めて苦笑なさいます。


「いいのよ。あたしは末っ子だしね。

 みんなお兄様かお姉様が玉座を継ぐと思ってて、あたしのところになんか来やしないわよ。

 あたしも政治なんて面倒なものに関わりたくないしね。

 <兵騎>をいじれてたら、それで満足なの」


「そういえば、アーティ様は<兵騎>がお好きなのでしたね」


 わたしがそう問いかけると、アーティ様は目をキラキラさせて。


「――そうなの! 強いし大きいし格好良いし!」


 身を乗り出してきて、めっちゃ早口で仰った。


「あたし、城の工廠だけじゃなく、町工場の下請けにも見学に行ってるのよ?

 こないだシーラを見つけたのは、その帰り道だったのよ。

 シーラ、知ってる?

 ホルテッサ王国では、王太子様が工廠と協力しあって、新型の<騎兵騎>を造ったそうよ。

 なんでも、獣の形に変形するんですって!

 機会があったら、ぜひ見てみたいわ!

 西のランベルクでは、魔道特化の<兵騎>を開発したそうだし。

 ――ウチも負けてられないと思うのよね!

 だから、あたしも今、新型を造ろうと考えててね――」


 はやいはやい。


 アーティ様は、次々に<兵騎>に関するお話を持ち出されて。


 情報量が多すぎます。


 気づけばいつの間にか、お姉様とルシアも席に着いていて、苦笑なさってます。


「――シーラ。

 おまえ、アーティ様に<兵騎>の話を振ったでしょう?

 そうなったら、しばらく止まらないわよ」


 優雅にカップを傾けて。


 お姉様はそう仰いました。


「――ねえ、シーラ、聞いてる?

 だからね、あなたの<銀華>をね――」


 お姉様の言葉通り。


 アーティ様は頬を桜色に染められて、お可愛らしく続けるのです。


 もうしばらく、<兵騎>談義は続きそう――そう思ったのですが。


「――あらあら、アーティ殿下。

 お見かけしないと思ったら、こんな隅の方にいらして。

 相変わらずの引きこもりっぷりですこと」


 左右にお供を引き連れて。


 真っ赤な髪をしたご令嬢がやって来ます。


 ドレスや扇まで真っ赤なのですから、徹底してますね。


「……カリーナ……」


 アーティ様は彼女の名前を呟き、それまでの上機嫌がウソのように、顔をうつむかせてしまいました。


「――どなたでしょうか?」


 わたしは隣のお姉様に小声で尋ねます。


 お姉様は呆れたように嘆息し。


「……派閥の勉強で教えたでしょう?

 ――カリーナ・ポートウェル。

 ルシオン殿下の婚約者候補よ」


 ふむ。


「……またそんな辛気臭い顔をなさって。

 未来の義姉が挨拶に来たのですから、笑顔で出迎えてくれてもよろしいでしょうに」


 あなたが来るまで、めっちゃゴキゲンでしたけどね。


 なんとなく、それだけでふたりの関係がわかった気がします。


 さて、どうしましょうか?

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