二人で

 そして、迎えた日曜日……。


「よう、今日もよろしく頼むぜ」


 いつもの学生服姿……。

 しかし、右腕にはギプスを装着した状態で、モギは三度みたびガノのマンションを訪れたのであった。


 背負ったリュックとは別に、無事な左手はコンビニで買い込んだ飲み物や菓子の入ったビニール袋を提げている。

 これまで、散々ご馳走になってきた埋め合わせも兼ねて持参した品々であった。


「モギ君! ようこそ!

 ……ひょっとして、昨日の今日でもう部活に参加してきたんですか?」


「おう、チェインで皆から聞いた骨折時用の練習メニューも、さっそく試したかったしな。

 ……つっても、今日は謝罪合戦って感じだったけど。

 東影とうえいの顧問やってる先生と昨、日試合したあいつが職員室に来ていてさ。

 『昨日は本当に申し訳ありませんでした』『いえいえ、相手あっての試合でしたし、こちらも不注意でした』みたいな感じで、教師も生徒もお互いに謝り合ってたんだ」


 その時の動作を再現しながら語ってみせると、今日はカジュアルファッションに身を固めたガノがくすりと笑う。


「なんだか、社会人みたいですねえ」


「まあ、事故起こしちゃったわけだしな。

 そうなると、学生も社会人もおんなじさ。

 ともかく、それでわだかまりが残らないなら越したことはない。

 ――と」


 そこで、左手のビニール袋を思い出す。


「今日は、長期戦を見据えてお土産持ってきたんだった。

 よかったら、もらってくれ。

 俺のセンスで選んだから、ガノの好みに合うかは分からないが」


「そんな、気を使わなくてもよかったのに……。

 でも、ありがとうございます! いただきます!

 というか、玄関口で長々と話し込んじゃいましたね。中に入りましょう!」


「おう!」


 ガノに土産入りのビニール袋を受け取ってもらい、上がり込む。

 玄関のガラスケースに飾られた量産機たちは、今日も一つ目で男子高校生を出迎えてくれた。


「そういや、コンシェルジュさんに驚かれちまったよ。

 『腕、ケガをされたのですか?』ってさ。

 これだけでかいマンションだと訪れる人間も半端じゃなさそうだけど、きっちり覚えてるもんなんだな」


「あの人も、その道のプロですから。

 きっと、シドニー出身をかたる工作員が現れたら立ちどころに見破ってくれると、キタコは信じてます!」


「ずいぶん、限定的な範囲で見破るんだな」


 そんな会話を交わしながら、LDKに足を踏み入れる。


「ささ、荷物は適当に置いちゃってください。

 モギ君は片手なわけですし、今日は脇に逸れず集中して作業しましょう!」


「おう……!

 ただ、手伝ってもらいながら組み立てるって、具体的にどうやるんだ?」


 ガノに言われるまま、完成したGプラが陳列されているガラスケースの脇にリュックを置きつつ、そう尋ねた。


「ふっふっふ……。

 その答えは――これです!」


 すると、彼女はチッチと指を振りながら、工作室のドアを開け放ったのである。


「これは……。

 もしかして、パソコン片付けたのか?」


 どれどれと内部を覗き込み、すぐに先週との差異へ気づく。

 先週、この部屋を使わせてもらった際は、L字テーブルの右壁側に三つものモニターを有するPCが設置されていたのだが……。

 今日はそれが分割されたテーブルごと片付けられ、代わりに食卓で使われている椅子が設置されていたのである。

 要するに、カッターマットが敷かれた工作机を二人で使えるようにした形だ。


「はい! この方が二人で作業しやすいと思いまして!」


「大変だったんじゃないか?」


「パソコンの設置なんていうのは、ゲーム機のそれと大して変わりありません!

 さあさあ、早速、作業開始しましょう!」


「おお……。

 そうか、気を使わせてすまないな」


 ガノにうながされ、早速にも工作机に向かう。

 カッターマットの上には、先週預けたGプラの箱が用意されていた。


「一週間ぶりだな……。

 先週は脱線しちゃったし、今日は今日でこんな腕だけど、できるところまで組み立ててやるからな」


 パッケージに描かれたコンピュータグラフィックスの機体に、右腕のギプスをかざしながら声をかける。

 そして、先に座らせてもらおうと思い椅子を引いたのだが……。


「――モギ君。

 そっちではなく、先週と同じ方の椅子を使ってください」


 食卓で使われている方の椅子を引いたモギに対し、ガノの待ったがかかった。

 ガノが差しているのは、先週にも使わせてもらった……それこそSF映画にでも出てきそうな未来的なデザインのデスクチェアである。


「え、でも、なんか悪いし。

 二つあるなら、俺が普通の椅子を使った方がよくないか?」


「モギ君は、昨日腕にヒビが入ったばかりのケガ人なんですから、変な遠慮はいりません!

 ここは少しでも安静にしましょう!」


「いやあ、少しだけとはいえトレーニングもしてきたし、そこまで気にする必要はないんだけどな……。

 でも、分かった。

 君の心意気を、ありがたく受け取ることにするよ」


 心づかいに感謝し、素直にデスクチェアへ座った。

 やはり――座り心地の次元がちがう。

 学校や自宅で使っている粗末な造りの椅子とは雲泥うんでいの差であり、重量級であるモギの体重をしっかりと受け止め、支えてくれているのが感じられる。


「さて、それじゃ前回の続きからですね……」


 同じく着席したガノが、ごそごそとプラモデルの紙箱を開く。

 そして、丁寧に各ランナーをマットに置き、モギから見やすい位置で説明書を開いた。


「足部の組み立てか……いよいよ、機体本体の方に取りかかるんだな。

 ところで、二人で作るって具体的にどうやるんだ?」


「むふふ……いいことを聞いてくれました。

 とりあえず、モギ君は左手でニッパーを用意してください」


「こうか?」


 ガノに言われ、持参したおじさんのニッパーを左手で構える。

 すると彼女はライトの電源を入れ、ランナーの一つをモギに差し出したのだ。


「ここ、見えますか? Fの8と17です。

 これは二つ作らなければいけない部品なので、それぞれまとめて切り出してしまいましょう」


 そして、モギが刃物を入れやすいように構えたまましっかりとランナーを保持してみせる。


「これ、つまり君にランナーを持ってもらって、俺が切り出すってことか?」


「その通りです! 間違って別のパーツを切ってしまわないよう、十分に気をつけましょう!

 二度切りも忘れずに!」


「なるほど……やってみるか」


 慣れない左手を使い、ニッパーを差し入れた。

 箸を使うのに比べれば、ずいぶんと楽なものであるが……。

 それでも、例の正しい持ち方をしての切り出し方をすると利き手に比べ神経を使う。

 切り取った部品が転がって行ってしまわないよう、注意しながら切り離すと、今度は別の問題が持ち上がった。


「これ、二度切りの二回目はどうするんだ?

 けっこう、細かいパーツだけど」


「それはもちろん、こうです!」


 問いかけると、ガノは今切り出したパーツ――Fの8を指でつまみ、ずずいと差し出してきたのである。


「さあ、キタコがしっかり保持してますので、二度切りの仕上げをやっちゃってください」


「やっちゃってくださいって……。

 仮にも刃物使ってるんだぞ?」


 くだんのパーツは、直径二センチあるかないかという程度の大きさ……。

 女の子の指に摘まみ上げられたそれに、片手で刃物を入れるのはなんとも危なく感じられた。


「大丈夫です!

 キタコ、モギ君を信じてますから!」


「信じている、か……。

 君にケガさせないよう、十分に注意しないとな」


 その言葉にうながされ、しっかりと下の刃をランナーに密着させた状態で、二度切りを行う。

 ガノはといえば、ニッパーで切りやすい絶妙な角度を熟知しているようで、モギの右腕そのままといった風にパーツを保持してくれていた。


 同じ調子で、Fの17というパーツも切り離し……。

 さて、と一呼吸入れる。


「それで、今度はこの8と17を組み合さなきゃいけないわけだが……」


「当然、こうです!

 キタコが8の方を持ってるので、モギ君は17の方を差し込んでください!」


 言いながら、彼女が先に切り出した方のパーツを差し出してきた。


「まあ、そうなるか」


 苦笑しながら、より小さい方のパーツを左手で取りガノに差し出す。


「さあさあ、どうぞどうぞ!

 心のガイドビーコンを展開して、こちらのパーツに差し込んでください!」


「ガイドビーコンってのが何かは知らないが、慎重にしっかりと差し込まないとな……」


 そう言いながら、ガノが手にしたパーツに自身が持つそれをしっかりと差し込んでいく。

 慎重に……ゆっくりと……。


 何やらこれは、プラモデルを組み立てているというより、別の何かをしているようで……。

 それが、少しばかりこそばゆく感じられた。

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