たかがメインアームをやられただけ

 それから……。

 練習試合は中止となり、モギは顧問と共にタクシーで病院へ向かうことになった。

 彼が立派なのは、青ざめた顔で詫びる東影とうえい高校の選手と顧問に対し、あくまでこれは試合中の事故であるという姿勢を崩さなかったことであろう。


 ともかく、両校の選手も応援に駆けつけた生徒たちも解散する流れとなり……。

 帰宅したガノは、制服から着替えることもせず、製作中のGプラに手を付ける気も起きず、ただボーっとしながらベッドに寝転がっていたのであった。

 いや、時たまスマホを確認することはしていたが……。


 開いているのは、チェインのグループトークである。

 応援していた者も、グループトークで事故を知った者も、全員がモギのケガを心配しており……。

 釣り好きの宮田ですら、釣りに関する写真投稿をせず会話へ加わっているのだから、モギの人望というものが知れた。


 やきもきしながら画面を眺めていると、たちまちの内に時刻は夕方となり……。

 ようやく、モギの書き込みがあった。


『みんな、悪いな。心配かけちまったみたいで。

 先に親へ連絡したりとか、色々あったもんでさ』


『そんなの、なんてことないさ。

 それで、どうだい? ケガの具合は?

 見た感じだと、折れたって風じゃなかったけど?』


 モギの親友であるタカギが、ほとんど間を置かずにそう尋ねる。

 おそらく、タカギも心配しながらスマホを眺めていたのだろう。


『ああ、ちょっとヒビが入っちまった。全治一ヶ月だ。

 ギプス付けるのは初めてなんだけど、色々と注意事項があるんだな。

 あと、なんだろう……こういうこと言うのどうかと思うけど、ちょっとカッコイイもの付けてる気分になる』


 その言葉に、クラスメイト全員が肩の力を抜いたのが、なんとなく伝わってくる。

 スマホの画面越しにも、人の呼吸が伝わってくるということはあるのだ。

 超感覚で子機を飛ばしたり操ったりすることはできないが、現実の人間だってそのくらいは感じられるのである。


『なんというか、小学生の時にギプス付けてやたら誇らしそうにしてる奴いたよね?』


『いたいた!』


『つーか、それってオレのことじゃね!?』


 タカギの言葉に、男子たちが次々と賛同の意を示す。

 ガノにはよく分からない感覚だが、骨折用のギプスというのは男子の心を震わせる何かがあるらしい。


『もー、モギっちは本当にお子様なんだから!』


 キタハイジャが、ようやくにもそう書き込む。

 まるで自らもケガをしたように、モギの姿をじっと見ていた彼女だ。

 なんとなくだが、泣き笑いのような顔でそう書き込んだのではないかと思えた。


『あっはっは! 俺の中の小学生男子が大はしゃぎさ!

 それにしても、今回は失敗だったな。

 向こうにしても意地を張りすぎたが、俺も俺でそれを察しながら、ちょっと強引にいっちまった。

 まあ、お互い未熟だったさ』


 クラスメイトたちに先んじての、対戦相手をかばうような発言は、モギの人間性を端的に表している。

 そんな彼だからこそ、クラス全員がこうまで心配したのだろう。


『まあ、確かにスポーツだとそういうことあるよね。

 お互い、勝ち気にはやりすぎるっていうか』


『おう、それよ。

 知ってっと思うけど、東影とうえい高校とうちは昔からのライバル関係で、今日試合したあいつともあれが初顔合わせってわけじゃなかったからな。

 どうしても勝ちたいって思いが、お互いに強すぎたんだ。

 それは悪いことじゃないけど、程度によるってことだな』


 タカギの言葉に、モギがそう返答する。

 運動部に力を入れている番田ばんだ高校の生徒たちであるから、多くの者はそういった感覚を知っているようであり……。

 口々に、自分も気をつけようという内容の書き込みをしていた。


『まー、ともかく、全治一ヶ月くらいで済んで良かったよ。

 モギっちも、そこまでへこんでる感じじゃないし!』


『そうだな。へこむっていうのは、ちょっとちがう。

 何しろ、競技が競技だ。ケガと無縁ではいられない。

 それより、今、心配しているのは、治りきるまでの一ヶ月間、どれだけ筋力を落とさずにいられるか、技を鈍らせずにいられるかってことだな。

 先生も、今の俺に合わせたメニューを色々と考えてくれるみたいだ』


 キタハイジャの言葉にモギが答えると、今度も様々な書き込みが連なる。

 重ねていうが、彼ら彼女らは運動部に力を入れている番田ばんだ高校の生徒たちであり……。

 ケガを負った際の練習メニューというものにも、並々ならぬ関心を有しているし、なんならば、実体験を有する者もいるのである。


 それらの書き込み一つ一つに、モギは興味深く聞き返したり、または感心を示したりしてみせた。

 それが少し、ガノには心苦しい。

 Gプラを作りばかりが能である自分には、こういった時、参考になるようなアドバイスなど送りようがないのだ。

 だから、かろうじてこう書き込んでおく。


『ケガは残念でしたけど、がんばってください』


 なんとも、月並みで語彙ごいに乏しい書き込みだ。

 しかも、釣り好きの宮田が、


『私、シーバス釣れたけど、お見舞いに持って行こうか?』


 という書き込みと共に、なかなか見事なスズキの写真をアップしたので、それはたちどころに流れてしまった。




--




「あー、そうか……。

 キタコもご飯食べなくちゃなんだ」


 盛んにログが流れていくグループトークを尻目に、時計を見やる。

 さほど食べるほどではないガノといえど、十代の少女であることに変わりはなく、空腹を覚えるには十分な時間帯であった。

 明日は、モギが訪れる予定の日……。

 おそらくは、予定だった日に変更されるだろう日曜日だ。

 冷蔵庫の中には、それを見越して用意した食材が眠っていたが……。


「作るの、なんか面倒だな……。

 ママには怒られちゃうけど、今日は袋麺にしようかな?

 閉店しちゃったGカフェで買い込んだの、食べないともったいないし……」


 ベッドの上に寝転がり、天井を相手にしながらそうひとりごちる。

 スマホが着信を告げたのは、そんな時であった。


「わ、わわわ……」


 突然の着信に驚き、これを取り落としそうになってしまう。

 ガノの主な連絡相手といえば両親を置いて他におらず、それはもっぱらメールで済ませてしまっているため、通話の着信というものに対する耐性が低いのだ。


 画面を見れば、チェインアプリを通じた通話画面が開いており、かけてきた相手のアイコンが表示されていた。

 モヤシや背脂がたっぷり乗った大盛りラーメンと共に自撮りしている、このアイコンは……。


「――モギ君!?」


 慣れてない通話操作にとまどう間も、着信音は鳴り続ける。

 普通なら切ってしまっても良さそうな間を置いても鳴っているのは、こうなるのを予想し苦笑しながら待ってくれているかのようだった。


「はい! もしもし! ガノでございます!」


 慌てていたので、知らない番号からかけられた電話に対する対応のようになってしまった。


『はは、モギだ。

 今、少し大丈夫かな?』


「え、ええ! もう! 全然大丈夫ですとも!

 キタコ! 今日は袋麺で済ませようかと思ってましたし、時間は全然あります!」


『袋麺か、いいな! 俺も大好きだ!

 ガノは、普段どこのを食べてるんだ?』


「ああ、キタコが作ろうと思ってたのは、市販されてるのとはちょっとちがうコラボ商品でして……。

 ほら! こないだオムライスと一緒に自撮りしたプラモがあるじゃないですか!?

 あの機体をモチーフにした専用ラーメンなんです!」


『へえ、そういう展開もしているのか?

 通販とかがあるなら、俺も今度買ってみようかな?』


「ぜひぜひ!

 プレBの通販で、特製どんぶり付きの八点セットが四千円ほどで取り扱われてます!」


『高っ!?』


 そんな会話を交わし、どちらからともなく笑い合う。

 ケガが痛むのではないかと心配したが、これだけほがらかな声が出せるなら大丈夫そうだ。


『さておき、今日はちょっと痛々しいところを見せちまってすまなかったな。

 応援に来てくれてただろう?』


「ふえあっ! 気づいていたんですか!?」


 ビデオ通話でもないというのに、いつも通り大仰なリアクションを交えながらそう返してしまう。


『ああ、集中すると周囲が目に入らなくなる人っているらしいけど、俺の場合は逆なんだな。

 研ぎ澄ませば澄ますほど、周りの様子が手に取るように分かってくるんだ』


「はああ……。

 やっぱり、アレですか? おでこの辺りで、電撃がきらめくような?」


『いやあ、そんな変な感覚は知らないなあ。

 で、だ……。

 俺さ。見た通りのことになっちまって。

 ありがとな。さっき、グループトークで励ましてくれただろう?』


「い、いえいえいえいえ!

 キタコってば、何も気の利いたことを言えず!」


『気の利いた言葉を使う必要はないさ。

 気持ち、嬉しかったよ。

 ただ、さ……』


 電波を通じてつながった向こう側で、彼がためらいがちにしているのが伝わってくる。

 次に紡がれたのは、予想していた言葉だ。


『俺、右腕にギプスしちゃってる状態だからさ。

 明日、約束してあるのに申し訳ないんだけど、ちょっとGプラを作れそうには――』


「――モギ君!」


 食いがちにそう言ってしまったのは、自身、予想もしなかったことである。

 だが、一度喋り出したら止まらない。

 これは、少女が抱いた心の内そのものであった。


「まだです!

 たかが左腕と頭部をやられただけです!」


『いや、ケガしたの右腕だし、頭はやられてないよ?

 なんなら、学年順位も君よりだいぶ上だよ?』


「あはは、ついノリで……」


 ぽりぽりと頬をかきながら、続ける。


「ともかく、使えないのは右腕だけです!」


『ああ、そうだけど……。

 さすがに、片腕でプラモを作るのは――』


「――キタコが! 右腕になります!」


『何?』


「キタコが、モギ君の右腕代わりになればいいんです!

 そうすれば、プラモは作れます!

 言うなれば、フラッシュキタコです!」


 驚いた様子のモギに、まくし立てた。

 彼は、しばし絶句していたが……。

 やがて、スマホからおかしそうに笑う声が響いてくる。


『何がピカピカしているのかは分からないが……』


 そして、しばしの間を置き、彼はこう言ったのだ。


『そうだな……。

 俺も、せっかくノッてきたところなのに、一ヶ月も製作中断するのはなんだかなーと思ってたんだ。

 甘えてしまって悪いが、そう言ってくれるなら、一緒にあのプラモを組んでくれるか?』


 これには、二つ返事だった。


「もちろんです!

 一緒に、あのGプラを完成させましょう!」


 こうして……。

 明日の日曜日は、先週約束した通り二人でGプラ作りをすることになったのである。

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